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【ロックレジェンド芳野藤丸 激アツ!!交遊録】ジョー山中さん、ステージに上がってきた全共闘を迎え撃ち! 未来へのきっかけを与えてくれた恩人 (1/2ページ)

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 ジョー(山中)がいたフラワー・トラヴェリン・バンド(FTB)は、当時、ミュージシャンの憧れだった。だって、誰もが勝負したいと夢見ていた海外進出を、サラリとやってのけてしまったからね。

 そのフラワーが解散したのが1973年。僕がキャプテンひろ&スペースバンドでプロデビューしたあたりだった。

 ジョーにつないでくれたのは、ワイルドワンズのチャッピーさん(故渡辺茂樹さん)だったかな。僕はFTB後の初ソロアルバム「JOE」から弾いている。ギターも弾いたけど、メーンはFTBの石間秀樹さん。僕は、ほぼベーシストとしての参加だった。

 それぞれのパートは別録りで、他のメンバーとは会わなかったけど、ジョーだけはいつも見に来ていた。何も言わず、若い僕に任せてくれて。その信頼から、本来セカンドギターで入るはずだったジョー山中バンドではメーンになることができた。

 ジョーみたいな高い声で歌う日本人なんていなかったし声量もすごかった。プロボクサー上がりだから、体も鍛えていたんでしょう。ボクシングの付き合いからか、客層もすごかった。ビシッとスーツのコワモテの方がそろい、女性も気合が乗っている姐さんタイプ。ライブはステージも客席も迫力がありました。

 忘れられないのが、日比谷野音。全共闘だったか、ダダーッとステージに駆け上がってきた。真っ先に逃げようとした僕らとは対照的に、ボクサー・ジョーは迎え撃つんだ。バコッ、ボコッて、次々と叩きのめして。ひとことでいえば“漢”(おとこ)。僕は最後まで守ってもらいました。

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