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【外国人が見るニッポン】「中身が日本人」と言われる外国人の生き方 (1/3ページ)

 皆さん、プリヴェート(ロシア語でやあ)。ロシア系関西人のブラスです。

 これまでに外国人の目線で日本やロシア、その他海外の色々な違いや、日本人を見つめ、このコラムを連載させていただきました。そして先日ついに「ちょっと待って、あんた中身ほとんど日本人やん」とのツッコミを受けました。

 「外国人が見るニッポン!」とは言っても、僕は5歳の時から日本に移住して20年以上、つまり人生の大半を日本で過ごしている訳で、たしかに「あんたは中身日本人やろ」と言われても文句は言えないのであります。

 海外に行けば「うどん」が恋しくなるのはもちろん、母国のロシアに帰る時ですらマイポン酢とご飯のフリカケを持って帰るくらいだし、マイ割り箸もないと不便でなりません。

 ロシア人は何かあるといちいち握手をする文化なのですが、こちらはついつい日本人のようにお辞儀をしてしまい不思議がられる始末。どちらかというと「見た目外国人が見るニッポン!」の方が近いのではないかという状態です。

 「見た目外国人」ってのはどうあがいても日本人にもなれず、かといって外国人にもなりきれない特殊な境界線の上で生きる生き物。日本人には外国人として扱われ、外国人には「日本人と対等にコミュニケーションを取れる同志」としてやたらと頼られます。そしてこれは日本が多民族国家ではなく、島国であるからこそ、日本人、外国人とキレイに区別されるのですね。

 あまり外国人と関わっていこうと意識しなくとも周りには外国人が増えてきますし、何だかんだで恋愛をする相手も外国人の割合が増えてくるものなのです。またそれを見た日本人は余計に「外国人だぁ」と境界線を作る訳ですね。

 意外に思うかもしれませんが、外国人観光客って日本人よりも、日本にいる外国人に話しかけて道を尋ねることが多いんですよ。

 僕が流暢に日本人と会話する姿をみると「ここら辺に詳しいですか? 近くでおススメの観光スポットを知っていますか?」って、そんな具合でしょっちゅう話かけられます。

 現地に詳しそうな日本人に聞けばよさそうなものですが、観光にきた外国人は割と早い段階で日本人にはなかなか英語が伝わらないことを知ってしまうのです。となると英語が話せる日本人をなんとか見つけるか、現地に詳しそうな外国人に聞いてみるかとなる訳ですね。この感覚は海外旅行に行っ際、別の日本人グループに会った時に思わず安堵してしまう感覚に似ているのかもしれません。まあ僕の場合はせっかく安堵していただいても、残念ながら英語は分からないんですけどね(笑)。すみません。

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