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【外国人が見るニッポン】外国人タレントの歴史から見る…変わりゆく日本人 (2/4ページ)

■外国人タレントに求められるものの変化

 実は僕も時々テレビ番組に外国人枠で出演をさせていただくことがあるのですが、一昔前の外国人タレントに求められたものと、今の外国人タレントに求められるものに変化があるように感じます。

 この外国人タレントに求められるものの変化の歴史を見てみると、おおよそ3つの転換期があると思います。そこから日本人の価値観の移り変わりも見ることができ、とても興味深いです。

 第1の転換期は大阪万博の時期、1970年頃になります。万博以前に活躍していた外国人タレントといえば、日本語を軽妙にこなしテレビやラジオで司会として活躍したロイ・ジェームスさんや、大阪弁を巧みに使いこなしたイーデス・ハンソンさん等でしょうか。

 外国人を見かけること自体が殆どない、そんな時代に活躍した外国人タレントに求められたのは“流暢に日本語を話すこと”でした。

 物珍しい人、見た目のインパクトがある人などの枠に外国人タレントが当てはめられていたようなものです。

 この頃の日本人にとって外国人は遠い存在で、外国に対して興味津々です。大阪万博が大盛況となったのもその証拠でしょう。まだまだ発展途上の日本に興味を示し、日本語を覚えて、ここに住もうとしている外国人がいるということ自体が物珍しく、そして彼らは日本人に希望を与える存在だったのではないかと思います。

 これが万博後、海外の文化に対する興味がある程度満たされ、日本の経済成長の勢いが加速すると、また少し状況が少し変わります。

 例えばアグネス・チャンさんのような「カタコト」を話す外国人が求められるようになったのです。このカタコト芸風は今でもボビー・オロゴンさん等でも健在ですよね。

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