記事詳細

【織田哲郎 あれからこれから】渋谷でふと浮かんだメロディーを…忘れないよう鼻歌を歌いながら公衆電話待ち!? (1/2ページ)

 「シーズン・イン・ザ・サン」(TUBE)や「負けないで」(ZARD)などのヒット曲を手がけた作曲家、織田哲郎(60)が今年デビュー40周年を迎えた。作曲家売り上げランキング歴代3位を誇る屈指のヒットメーカーだが、その人生は山あり谷あり。夕刊フジでのコラム執筆スタートに先駆け、直撃インタビューをお届けする。

 「デビュー40年と言われても、そんなにたったという気はしないんですよ。自分の仕事の分量をながめると、確かにこんなにやってきたんだとは思うし、好きな音楽をやってこれたことはラッキーだと思うけど、基本、後ろは見ないタイプなんで。まだ現在進行形だからね」

 1979年にプロデュースユニット、WHYを結成し活動を開始。次々とヒット曲を生み出し、これまで携わったCDシングルの売り上げは4000万枚を超える。ヒット曲を作るコツはあるのだろうか。

 「よく聞かれるけど、こうやればできるっていうのがあるなら、むしろ俺が聞きたいですよ。提供曲ならギターやピアノとかで音を出しながら作るし、歩いていて、ふとメロディーが浮かんでくることもあるし」

 今でこそ、浮かんできたメロディーも小型のレコーダーなどに録音して残すことができるが、かつては苦労したことも。

 「20代のころだけど、外でふとメロディーが浮かんできてね。当時、家に留守番電話をつけたところだったので、公衆電話に並んで、忘れないように鼻歌を歌いながら順番待ちするの。で、順番が来たら留守電に向かって吹き込んだんです。端から見れば、相当怪しい男だったでしょうね。忘れもしない渋谷のハチ公近くの公衆電話ですよ」

関連ニュース