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【サザンオールスターズ40周年への轍】1989年 映画「稲村ジェーン」で新たな挑戦 興行収入40億円超の大ヒット! (1/3ページ)

★第12回

 昭和から平成に変わった1989年。“渋カジ”やプリントシャツが若者の間ではやり、「セクシャル・ハラスメント」や「オバタリアン」という言葉が生まれた。また東京で起きた「女子高生コンクリート詰め殺人事件」が社会を震撼させた。消費税3%が導入され、戦後の歌謡界で“女王”と呼ばれた美空ひばりさんが亡くなったのもこの年だった-。

 サザンオールスターズの“平成”最初のシングルは、4月21日に発売された「女神達への情歌(報道されないY型の彼方へ)」。通常のCDシングルと同時にビデオシングルとしても発売された。

 この曲は、ダウンタウンとウッチャンナンチャンが共演した「夢で逢えたら」(フジテレビ)のオープニング曲でも使われヒットしたが、一番の話題はプロモーションビデオ(PV)に当時人気だった現役のAVアイドルの松本まりなを起用したことだった。当然だが当時の男性ファンには大いに話題を呼んだ。

 当時、女性ファッション誌「non-no」のインタビューで、桑田は「家でビデオを観ている男が、ビデオを観ているうちにビデオの中の女に恋をして、いつのまにか、自分もビデオの中に入り込んじゃった、みたいな幻想が入り混じったようなものにしたいと思っていた」と語った。

 6月には、シングル「さよならベイビー」をリリース。意外だが、これがサザンとして初めてオリコン1位を獲得した記念すべき曲となった。デビューから実に11年、26作目にしてのことだった。

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