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【織田哲郎 あれからこれから】高校生の頃すでに「決定事項」だった…プロとして音楽で食べていくこと (2/2ページ)

 とりあえず、まずは私が『WHY』というユニットでデビューしたのが40年前。そのちょっと前の時代の話からしようと思います。

 高校生の頃、すでにプロとしてなんらかの形で音楽でメシ食っていくことは、自分の中で決定事項でした。あわよくば、とかでなく。

 学校というものに通っていた時代に、自分がいかに集団生活ができないか、普通の人々が普通にできることがいかにできないか、ということを痛感させられました。その当時はそんな言葉もなかったのですが、今なら発達障害と診断されたでしょう。

 なので、どこかの会社に就職する、という選択肢は自分の中にまったくなかったのです。

 中学の頃は画家になるつもりだったのですが、高校からはすっかり音楽一本になりました。失敗したらどうする、とか今の自分だったら、そんな不安だらけでようやるわ! という状況でも、平気で突っ込んでいった気質のおかげで今があるわけです。(夕刊フジに連載中)

 ■織田哲郎(おだ・てつろう) シンガーソングライター、作曲家、プロデューサー。1958年3月11日生まれ。東京都出身。79年のデビュー当初からCMやアーティストの音楽制作に携わる。TUBEの「シーズン・イン・ザ・サン」で作曲家として注目される。主な代表曲は「おどるポンポコリン」(B.B.クィーンズ)、「負けないで」(ZARD)、「夢見る少女じゃいられない」(相川七瀬)など。自らも「いつまでも変わらぬ愛を」がミリオンセラーとなる。

 今月は、弦カルテットとの競演による『幻奏夜III』公演を開催(26日=モーションブルー横浜)。3月29日には東京・神田明神ホールで「ROLL-B DINOSAUR」のライブを開催する。

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