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【織田哲郎 あれからこれから vol.5】“ルールを察知し遵守する能力”欠けていた子供時代 (1/2ページ)

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 親からも、教師からも「普通のことが普通に出来ない子供」として散々怒られはしましたが、女子の中にはそんな私のことを「仕方ないなぁ」と思いながら面倒見てくれようとする、母性あふれる子が案外いたんです。

 「苦手なことは世話好きな女子に任せれば大丈夫かも?」と、ある程度早くから、なんとなくそんなニュアンスのことを感じていた部分があった気がします。

 でもそれが、家でも学校でも褒められる要素がろくになく、周囲に否定されることが多いにもかかわらず、ひたすら自己否定に陥らずに相当な楽観性を持ち続けられた大きな要因だったんじゃないでしょうか。

 まったくもって母性さまさまです。

 さて、学校という場において生徒を率いる立場にいるのは教師の方々です。とても尊敬できる先生もいました。

 でもなかなかに理不尽な先生もいたりします。なんせこちとら“集団生活に必要なルールを察知し遵守する能力”が根本的に欠けてるものですから、もうそうなると意地でも言うこときかなくなっちまいます。

 というわけで小学校上級生になると、今でいう『空気の読めない』哲郎少年にとって、納得のいく話をしてくれない教師との争いが学校という場所でのメーン行事になっていきました。

 大人になってから小学校時代の同級生に聞いて初めて知ったことですが、当時の担任の先生が父母会で「教師も人間なのでどうしても好きになれない生徒もいる」と話し、父母たちが皆内心「ああ哲郎君のことね」と思ったそうです。

 この頃になると廊下に出ていろ、と教師が怒るまで無駄な質問を繰り返すといったことを毎時間していました。

 本当にイヤなガキです。ただ今でも忘れられないのが6年生のとき、何かの合奏会で私が指揮をすることになったときのことです。

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