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【昭和歌謡の職人たち 伝説のヒットメーカー列伝】技術論より「歌の世界」に入る人だった三木たかしさん (2/2ページ)

 この仕事で、A面は三木さんの曲を会議で押したが却下された。僕は強く抵抗したため担当を降ろされた。それを伝えると「ありがとう、ありがとう」と。それ以上お互いに言葉にならなかった。40年たった今も忘れられない。

 三木さんは幼い頃から紙で書いた鍵盤を弾いて遊ぶ子だった。中学生で歌手を目指し、船村徹さんに弟子入りしたが、作曲家のほうが向いていると言われて断念。後年、船村さんに付き添うのをみて、演歌の巨匠との間柄が不思議だったが、師弟関係だったのだ。

 1967年、泉アキの『恋はハートで』でデビュー。68年、実妹の黛ジュンの『夕月』がヒットすると、翌年には森山良子の『禁じられた恋』が8週連続1位の大ヒットし売れっ子に。テレサ・テンの一連のヒット曲も今も生きづいている。

 ■三木たかし(みき・たかし) 1945年1月12日生まれ、東京都出身。1964年に作曲家デビュー。テレサ・テンの楽曲などが大ヒット。2005年、紫綬褒章を受章。09年、64歳で死去。

 ■篠木雅博(しのき・まさひろ) 株式会社「パイプライン」顧問。50年生まれ。東芝EMI(現ユニバーサル)で制作ディレクターとして布施明、アン・ルイスらを手がけた。徳間ではPerfumeらを担当。2017年5月、徳間ジャパンコミュニケーションズ顧問を退任し、現職。

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