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【織田哲郎 あれからこれから】気にくわない担任教師と連日大げんか… 結局転校に (1/2ページ)

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 初めてのバンド「ポテトズ」を結成し、バスケット部の活動も楽しく、充実した高校生活でしたが、高1の担任がなかなかの問題教師だったのです。

 彼はお気に入りの女生徒を数人ピックアップして、常に職員室にはべらせてテストの採点までさせていました。私は例によって気にくわない教師には徹底的に反抗しないと気が済まないくせが出て、連日、その教師と大げんかです。

 揚げ句にその担任が私の親に「転校させないと退学にする」と脅しの手紙を個人的に送りました。確かに私は中3で停学にはなりましたが、その教師に退学にさせられる理由なんぞありません。ですが、親にしてみたら中3の前歴があった上での担任からの直々の手紙ですから、そりゃあ心配になります。

 結局、帰国して東京に住んでいた両親と暮らすことになり、都立大付属高校への編入が決まりました。好きだった子もいましたから、バンドも淡い恋も全部これで終わりかぁ、と思いながら過ごした高知での残りの日々は、今思い出しても少し切ないですね。

 その後「ポテトズ」は新たに同級生のキーボード、ギター、ベースが加入し、M君はボーカルに専念して存続しました。その時のキーボードが後になって「ファイナル・ファンタジー」の音楽で世界的に有名になる植松伸夫です。

 大人になって彼から聞いた話では、転校の際、私の持っていたレコードの一掃セールで、彼に「スレイド」を売ると言いながら、結局彼が欲しくもなかった「ユーライア・ヒープ」を売りつけたそうです(笑)。

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