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【元文春エース記者 竜太郎が見た!】ビートたけしの熟年離婚 別居生活続けるも、結婚39年目のケジメ (1/2ページ)

 「麻生(太郎)さんが老後は2000万円いるって言うから、俺も老後これから2000万円稼がなくちゃいけない。大変だよ。俺、お金ないんだから」

 15日、レギュラー番組『新・情報7daysニュースキャスター』(TBS系)で自身の離婚について初めて語ったビートたけし(72)。「いまの気持ちは?」と問われるとがっくり肩を落とし、「もう笑うしかないもの」と言い、「カラテカ入江、(営業)頼むぞ!」とボケをかまし笑わせた。

 一方の妻、幹子さんはその前日、報道各社へ協議離婚したことをファクスで報告。離婚に至った経緯や合意内容については言及せず、たけしも先の番組で「言わない」とした。ふたりは1980年に結婚(入籍は83年)、一男一女をもうけた。大阪出身の幹子さんは短大在学中の71年に女子大生漫才師としてデビュー。たけしと同じ芸人だったのは有名な話だ。

 「78年に『大正テレビ寄席』でふたりは出会い、ほどなくして同棲。たけしさんが売れない頃はスナックでバイトして家計を支えてきた“芸人の妻”です。結婚後は引退し、たけしさんの個人会社の金庫番を務めていました」(放送作家)

 「かみさんが別れてくれない」とたけしはトークでたびたび笑いのネタにしていたが、実はこれまで何度も離婚危機はあったという。

 「漫才ブームで多忙を極めたたけしさんは、83年と85年に幹子さんに離婚を申し出て、幹子さんに拒絶されています。フライデーがたけしの愛人の写真を掲載し、86年にフライデー襲撃事件が起きると、その翌年に記者会見を開いた幹子さんが若い愛人の存在を知って離婚を決意したとし、『私があの人(たけし)の成長についていけなかった』と離婚に言及した。しかし愛人問題は事実上黙認され、ついぞ離婚はしなかった」(ベテラン芸能記者)

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