記事詳細

【玉ちゃんの酔滸伝】世話になった先輩に再会したい…ロマンに酔った門前仲町の夜 (1/2ページ)

 スナックと並行して町中華の取材もやっています。スナックも町中華もどちらも個人営業で、いつ失われてしまうかもしれない覚悟を背負っている商いなのです。だから人はロマンと人情を感じて、ひきつけられてしまう。

 門前仲町でロケをした町中華の三勝菜館さんの開業は何と昭和5(1930)年。繊細な八宝菜と青島ビールをいただき満足していると、おかみさんからサプライズを仕掛けられました。案内された店内の奥に坪庭があり、池にはニシキゴイが泳いでいます。鹿威しと石灯籠とつくばいがあり、風流な坪庭になっています。

 この庭は先代がつくったものだそうで、昔のお客さまは木場の材木問屋の旦那衆や落語家さん。お店の奥にお風呂をつくり、風呂上がりに糊の効いた浴衣を着て皆でこの庭を見ながら中華を粋に楽しんだというのです。花街の真ん中にあるこの店内には昔は外から三味線の音も聞こえてきたそうです。何という大人の世界でしょう。

 そんな歴史ある町中華を堪能した後、私にとっても歴史がある門前仲町をさまよいます。私が20歳のとき、この門前仲町にあった先輩のアパートに転がり込んでいました。記憶をたどりながら歩いていると、何とそのアパートがまだ現存していたのです。

 一気に昔の思い出がよみがえります…。7つ年上の先輩とは、修業先のフランス座で知り合いました。当時の劇場の経営者が不振で本社から外されることになり、その経営者の下で修業していた私たちは小屋を出なくてはならなくなり先輩のアパートに世話になりました。

 2人ともお金がなく、飢えをしのぐためにマヨネーズをなめながら暮らした貧乏生活。ある日起きてみると先輩の姿がありません。何日たっても先輩は帰ってこず、私は暗い部屋でサントリーのレッドの大瓶を昼からあおり、酔って寂しさを紛らわす日々でした。

関連ニュース