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【ミッキー吉野 Half Century交遊録~天国の恩人たち~】ゴダイゴをやるときには「トップを獲れよ」って…強烈だけど面倒見のいい人 内田裕也 (1/2ページ)

 16歳でザ・ゴールデン・カップスに参加して以降、第一線で活躍を続けるミュージシャン、ミッキー吉野。半世紀を超える活動で出会った恩人たちへの思いを明かした。

 (内田)裕也さんは、初めて会ったときの印象が強烈でした。1968年、サマーランド(現東京サマーランド)のライブにザ・ゴールデン・カップスで行ったとき、裕也さんが楽屋にパンツ一丁でいたんです。それもメッシュのビキニっぽいやつ。当時も今も、メッシュのパンツなんて人はいなかったからビックリしました。

 新宿のライブハウスACBに出ていたら、楽屋に来た裕也さんが「トリスプに行こうぜ!!」って言う。みんな、どこの中華料理店の鳥スープがうまいのかなって楽しみにしていたら、“ストリップ”を逆に言ったドンバ語らしい。それで大笑い。行かないですよね。

 人の面倒見はよかったです。ミュージシャンよりもプロデューサーとしての資質のほうが高かった。一度、横浜の中華街に呼ばれたら、そこに松田優作さんがいました。すると自分はテーブルから離れて、「お前ら2人でコミュニケーションを取れ!」って。なんだか、モワ~ッと気まずい感じで優作さんと話したことを覚えています。2人に何かをやらせたかったんでしょうね。

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