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【ミッキー吉野 Half Century交遊録~天国の恩人たち~】さすが役者、さすがショーケン!見事にダマされたことも 萩原健一さん (1/2ページ)

 ショーケン(萩原健一)とはアンドレ・マルロー・バンドとかで1985年から2003年まで一緒にやっていた。

 ザ・テンプターズのころから知っていたけど、ライブはガッチリとプロデュースするタイプ。ステージは舞台っぽくて、歌うというより、演じている感じでした。だから1回、「ポップな僕より、もっとコアなミュージシャンを使ったほうがいいんじゃない?」と言ったこともある。

 子供みたいなところもありました。シアターコクーンでのロングランを終えて、「何で俺のギャラが一番安いんだ?」と首をかしげていた。

 そりゃあ、バックにちゃんと払わなくてはいけないから、メーンが安くなるときもあるでしょう。NHKに出たときも「俺だけなんで安いんだ?」って。当時のNHKは貢献度でギャラが決まっていたから、ショーケンが一番貢献度が少なかっただけなんですけどね。

 そういえば、ダマされたこともあった。「みんな聞いてくれ。(井上)堯之さんの具合が悪いんだ」と、今にもギターの堯之さんが倒れてしまいそうなことを言う。本当に具合が悪そうで、みんな心配して、それはもう堯之さんに気をつかって。

 日にちが進むに連れて、これが最後かもしれないって、涙ぐんでプレーするヤツまで出てきた。あのころは本当にみんながひとつになって、堯之さんを支えて頑張っていた。

 だけど、2年たっても堯之さんは死なずに元気になっていった。実は重病というのはウソで、ポリープか何かだった。「みんなを奮起させるためにウソをついていた」っていうのが真実。さすが、役者でしたねえ(そのときの堯之さんの反応については明日書きます)。

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