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【サム・ペキンパー監督 バイオレンスの系譜】アメリカン・ニューシネマの基礎を作った傑作 勝負をかけたラストの大銃撃戦 「ワイルドバンチ」(1969年) (2/2ページ)

 特に11日間ぶっとおしでマルチカメラ6台をフルに使ったラストの大銃撃戦は壮絶の一言。スローモーションを多用したバイオレンス描写は、アーサー・ペン監督の『俺たちに明日はない』(67年)に先を越された。ところがペキンパーは現場で「あの映画を葬ってやるから見ていろよ」と口癖のように言っていたというから、ラストシーンに勝負をかけたのかもしれない。鬼気迫るすごさを以後の監督たちが手本にしたのもうなずける。

 暴力描写はドン・シーゲルの影響もあるが、黒澤明の『羅生門』こそ最高の映画だと語っており、その影響は明白だ。

 当初、主演には親友のリー・マービンを起用予定だったがスケジュールの都合で断念した。(望月苑巳)

 ■サム・ペキンパー 映画監督。1925年2月21日生まれ、米カリフォルニア州出身。55年、テレビドラマ『ガンスモーク』で脚本家、監督デビュー。映画の監督デビューは『荒野のガンマン』(61年)。84年12月28日、心不全のため59歳で死去。

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