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【サム・ペキンパー監督 バイオレンスの系譜】人々の度肝を抜いた…従来の戦争映画の常識を覆した傑作「戦争のはらわた」(1977年) (2/2ページ)

 本作も難産だった。戦車を20台用意する約束が3台しか調達できず、スタントもたった5人。現在のようにCGもないので、死んでアップを撮ったら、すぐに別人のメークを施したという。

 大量に火薬を使うので資金繰りにも困った。言語もバラバラで意思伝達も満足にできず、連日スタッフやキャストがギャラを要求し暴動寸前。ゆえに監督はドイツ人プロデューサーと連日けんか、あげく酒に走り心臓を悪化させてしまった。

 実は直前『スーパーマン』と『キングコング』を撮らないかとオファーがあったが断った。もし撮っていたら…とも思う。アメリカでは『スター・ウォーズ』の陰に隠れた感があるが、西ドイツでは『サウンド・オブ・ミュージック』以来の大ヒットとなった。 (望月苑巳)

 ■サム・ペキンパー 映画監督。1925年2月21日生まれ、米カリフォルニア州出身。55年、テレビドラマ『ガンスモーク』で脚本家、監督デビュー。映画の監督デビューは『荒野のガンマン』(61年)。84年12月28日、心不全のため59歳で死去。

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