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【玉袋筋太郎 玉ちゃんの酔滸伝】私の芸人人生の歴史そのもの… 居酒屋・加賀屋よ、ありがとう! (1/2ページ)

 私が20歳の頃から通っていた居酒屋が、大将の体調不良により閉店してしまいました。33年間の営業の歴史に幕を下ろしたお店の名は「加賀屋中野坂上店」です。私が青春時代から足繁く通い続けていたお店。すなわち、私の芸人人生の歴史そのものだったのです。

 この世界に入ったばかりで、何者でもなかった私。先輩の兄さんのお供でお邪魔させてもらい、芸人達が名物の煮込みを肴に酒を飲み、そこには喜怒哀楽があったのです。兄さんには本当にこの店で酒を飲ませてもらいました。

 いつか自分でお金を稼げるようになったら兄さんに恩返ししたい気持ちがありましたから、一緒に飲んで支払いを私ができたときは本当にうれしかったのです。

 若い頃はコンプライアンスなど関係ないような人権無視の体を張ったハードな仕事が多かった私です。くじけそうになったとき「この地獄のような現場が終わったら加賀屋が待っている!」と自分に言い聞かせて乗り越えてこれたのです。

 自分でこの店で飲めるようになり、気の合う仲間を誘っては楽しく飲みました。一升瓶の焼酎をキープして一緒に飲んだ仲間の名前をボトルに書いて、私抜きで来てもそのボトルを飲めるようにお店に頼みました。飲んだ分だけ新しい焼酎を継ぎ足すというルールです。「減らないボトル」と名付けられたそのボトルは、25年以上もお店に存在したのです。

 本当にたくさんの仲間が加賀屋にやってきて一緒に飲みました。私の相棒を筆頭に、江頭2:50▽宇多丸▽西村賢太▽ピエール瀧▽伊集院光▽藤原喜明▽五味隆典▽藤波辰爾▽スーパー・ストロング・マシン▽ターザン山本▽西山茉希▽息子-など。中には亡くなってしまった仲間もいました。

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