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【織田哲郎 あれからこれから】「BOOWY」も所属した“才能の宝庫”ビーイング “売れ線音楽”を支えた素晴らしいミュージシャンたち (1/2ページ)

 1993年頃から始まった俗にいう“ビーイングブーム”は本当にすごいものでした。いろいろと毀誉褒貶(きよほうへん)はありますが、当時その中にいた人間として言えるのは、才能のある人たちが集まっていたということです。

 音楽を作る人たちも、演じる人たちもとても水準が高く、切磋琢磨(せっさたくま)しながら優れたチームとして機能していました。そして当時のビーイングは、スタッフも本当に音楽に対して情熱のある人たちが集まっていました。

 それはひとえに社長である長戸大幸さんの尋常じゃない熱意と能力からすべてが始まったからだと思います。何しろ長戸さんがいつ寝ているか分からない状態で仕事しているのですから、みんなそれに引きずられて能力以上の力を発揮できた部分もあったのでしょう。

 業務形態としては完全に今でいう“ブラック企業”ですが、みんな楽しかったのです。言ってみれば長い大学祭みたいなもんです。

 ビーイングというと“売れ線音楽”のイメージの人も多いと思いますが、長戸さんの周りには素晴らしいミュージシャンが集まっていました。

 サックス奏者の清水靖晃さんを中心に、キーボーディストの笹路正徳さん、ドラマーの山木秀夫さん、ギタリストの土方隆行さんらで結成した『マライア』というグループは、後にスピッツなどの音楽プロデューサーや作曲家、ミュージシャンとして、それぞれが音楽界を牽引(けんいん)する人物として大活躍しています。

 また高崎晃率いる『ラウドネス』も、もともとはビーイングで、後に海外進出してビルボードTOP100にアルバムを送り込む世界的ヘヴィメタバンドになりました。

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