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【歌姫伝説 中森明菜の軌跡と奇跡】“花の82年組”の中でやや出遅れ デビュー曲をバラードで大きな賭けも…イメージ違うキャッチフレーズ「ちょっとエッチな美新人娘(ミルキーっこ)」 (1/2ページ)

 1981年12月。「スター誕生!」(日本テレビ系)の決勝大会で山口百恵の「夢先案内人」を歌唱した中森明菜に、11社のレコード会社や芸能プロダクションが獲得の意向を示すプラカードを上げた。会場からは拍手とともに一瞬、どよめきのようなものが起きたという。明菜にとって3回目の挑戦でつかみとった“栄冠”だった。

 デビューに向けては当初、千昌夫、ぴんからトリオ、新沼謙治、桂銀淑ら演歌系の歌手が多く所属していた老舗芸能事務所の「第一プロダクション」と、やはり老舗レコード会社の「日本コロムビア」への所属が内定。

 しかし「明菜を獲得したい」と諦め切れなかったのが当時、新興の芸能事務所だった「研音」だった。当時を知る芸能関係者は、その状況を「浅野ゆう子ら俳優系が所属していましたが、事務所的には音楽系もやりたいと思っていたようです。そこに明菜が現れたんですよ」という。その上で「明菜の底知れぬ才能を事務所のトップは見抜いていたのでしょうね。目玉は明菜しかいないというムードでした」。

 その結果、一夜にして所属事務所とレコード会社が変更された。しかも「まともな準備期間もない。獲得からわずか半年足らずでのデビューとなりました」。

 明菜はいわゆる“花の82年組”の1人だ。3月14日に小泉今日子が「私の16才」でデビューすると、続いて21日には新井薫子「虹いろの瞳」、堀ちえみ「潮風の少女」、三田寛子「駈けてきた処女」がデビュー。4月1日には早見優が「急いで初恋」、同21日には石川秀美が「妖精時代」と大手事務所、大手レコード会社のイチオシ新人が一気に顔をそろえた。

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