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【昭和歌謡の職人たち 伝説のヒットメーカー列伝】作曲家・林哲司 世の中の動きに常にアンテナを張り、有言実行のクリエイター (2/2ページ)

 テニスがはやり出すと男2人で箱根に行ったことも。車はジャガーのツーシートだった。2人でハワイにも行った。ワイキキの浜辺で寝そべっていると、ビーチボーイが危ないことばかり誘ってくる。リゾート地に男2人で行くものではないと顔を見合わせたものだ。

 ものつくりの人はその時々の雰囲気で行動する人が多い気がするが、林さんは目的意識が明確だった。外国に行くのも単なる思いつきではなく計画的で、時代の空気感を探り、旅行先を決めるところがある。ハワイも彼の中には自分が得たいものがあったように思う。

 僕との仕事を終えるころには次のイメージがあったようで、80年代に入ると次々と作曲の仕事をし、上田正樹の「悲しい色やね」、中森明菜「北ウイング」、菊池桃子「卒業-GRADUATION-」などのヒットを手掛ける。自分自身のアルバム制作も始められた。僕の知る限りでは、有言実行のクリエイターだ。

 ■林哲司(はやし・てつじ) 作曲家、編曲家、シンガー・ソングライター。1949年8月20日生まれ、70歳。静岡県出身。

 ■篠木雅博(しのき・まさひろ) 株式会社「パイプライン」顧問。1950年生まれ。渡辺プロダクションを経て、東芝EMI(現ユニバーサル)で制作ディレクターとして布施明、アン・ルイス、五木ひろしらを手がけた。徳間ではリュ・シウォン、Perfumeらを担当した。2017年5月、徳間ジャパンコミュニケーションズ顧問を退任し、現職。

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