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志村けんさんと沢田研二 代役決定の裏にあった50年の絆物語 (3/3ページ)

 同月には、ラジオ番組『ジュリけん』(文化放送)がスタート。

 「ジュリーのトークは、ライブでも定評があるのですが、このときは志村さんの話術に乗せられて、普段は決して話さないような下ネタも口にしていて、ファンは驚いていました。それだけ志村さんのことを、信頼していたのでしょう。ジュリーの下ネタを聞けたのは、あの番組だけだったんじゃないかな」(ラジオ局関係者)

 好評だった番組は2年ほど続き、その最終回で、沢田は「コントでも、自分の知らない部分を見つけ出してもらったしね」と、志村さんに感謝の言葉を述べていた。

 「シャイなジュリーが、目の前にいる志村さんに素直に感謝しているのを聞いて、やっぱり特別な関係なんだなと感じましたね」(前出・ラジオ局関係者)

 2003年、沢田が「自分の大好きな人とやる」と臨んだ舞台『さあ、殺せ!』で2人は幼なじみ役を演じ、沢田がバカ殿に扮し、志村さんが沢田の代表曲『TOKIO』の衣装を着るシーンもあった。

 「初日、2日目と見ましたが、アドリブの応酬がすさまじく、同じ台本とは思えませんでした」(舞台関係者)

 そうした掛け合いができたのも、互いが持つ信頼感の賜物だろう。

 「2人はプライベートで飲みに行くことはほとんどなかったけど、むしろ、そういうつきあいは2人には必要なかったんだと思うんだよね。トップ同士だからこそわかり合える何かがあったのでしょう」(沢田をよく知る人物)

 代役決定の物語は、“キネマの神様”が居ると信じたくなる、絆の物語だった。

 ※女性セブン2020年6月4日号

NEWSポストセブン

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