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【玉袋筋太郎 玉ちゃんの酔滸伝】麻雀を楽しめない…親不孝な雀荘の息子です (1/2ページ)

 新聞記者と「賭け麻雀」をやり辞任となった東京高検の黒川弘務検事長のニュースが世間を騒がせました。それでも退職金をたんまりもらえる黒川氏。この種銭を使って麻雀番組の「THEわれめDEポン」に出演し、東尾修さん、蛭子能収さん、ビートきよしさんという業界の博徒たちと卓を囲んでテンピンなんていうセコいレートではなく、デカピンで勝負してほしいものです。

 しかし、今回のニュースで恥ずかしながら「麻雀ってお金を賭けてはいけないものなんだ!」と改めて知った無知な私だったのです。

 私の両親は地元である東京・西新宿で昭和40年代から「麻雀富士」という雀荘を経営していました。「麻雀富士」の息子が「夕刊フジ」でお仕事をしているのも何かの縁でしょうか。お店は2階で15卓、そして3階が住居だったので、2階からジャラジャラと聞こえてくる牌を混ぜる音が自然と私の子守歌になり育ったのです。

 幼稚園に通うようになると両親の仕事場にも顔を出すようになり、モクモクと煙るタバコのスモークの中で幼稚園児がチョコチョコ動き回っている姿は、やたらとうるさくなった受動喫煙やら、子供たちの環境を考えて立ち寄らせないという考えが幅を利かせている現代では想像がつかないおおらかな時代なのでした。

 当時は全自動の雀卓ではないですから、積もった灰皿の吸い殻を掃除したり、散らばった牌を並べてベビーパウダーをパタパタする幼い私を見た大学生からはジュースをごちそうになったり、もうけてニンマリしているおじさんからはお小遣いをもらったり常連のお客さまに大変かわいがってもらっていました。

 父親もお店がハネてからお客さまと徹マンなどは年中。朝、帰ってきた父はニコニコで札束をポンとテーブルに置いて、そのままイビキかいて寝ていました。「今日はお父さんご機嫌だから、おいしいモノ買いに行こう」という母親とデパートに行き、ごっそりと父の好物のふぐちりセットを買いに行くのに付き合ったものです。