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コロナなんかに負けるか!ロックサムライは笑う! ロフト創始者・平野悠氏インタビュー 13日に渋谷でトークライブ開催 (1/2ページ)

 「あのキヨシローが客ゼロの時代から、一転してロックがお茶の間にあふれる時代まで、いろいろ見てきたよ」。50年にわたって手がけてきた音楽シーンの記憶をつづった新著『定本ライブハウス“ロフト”青春記』を手に語るのは、このコロナ禍で“時の人”となったロフト・プロジェクト創始者、平野悠氏だ。

 「コロナ感染者が出てライブハウス・バッシングの矢面に立ち、こんな形で注目されるなんて想定外だったよ」と苦笑。感染を公表し、関連12店舗を自粛休業し、会長職を辞した。ライブハウスの休業要請は解除されたが、50人の社員を抱え、収入ゼロの中、いかに苦境を乗り越えるのか。

 「とりあえず融資先を見つけ、どかんと2億円借金したよ。後の返済は社長以下、優秀な社員諸君、頼んだよって(笑)。来月は配信ライブを何本とか、みんな新戦術に知恵をしぼっている」

 1971年、政治の季節に別れを告げ、日本最初のライブハウスを立ち上げた。下北沢ロフト、新宿ロフトは山下達郎、サザンからBOOWY、人気ロッカーの登竜門となり、全国2000軒のライブハウス・ブームを導いた熱血漢もいまや70の坂に。

 「若造が、国や行政に“休業補償しろ”なんてさ、ロックが権力に頼るなんて、そりゃないだろって、つっこみたくもなるよ。俺はもう自分のやりたいことやるだけさ」

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