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【織田哲郎 あれからこれから】人間はトチったり手を抜いたり… 危なっかしいことはやめておこうよ

 2011年3月11日、東日本大震災がありました。

 数日後、山形に住んでいた旧友がボランティアとして福島の被災地で救援活動をしていたので、私も現地に手伝いに行ったのですが、そこには本当に絶句するしかないような風景が広がっていました。

 町があったはずの地区は、辺り一面何もない更地になっていました。大自然が牙をむいたとき、人間の営みがいかにはかないものであるかを目の当たりにさせられました。その友人が現地のニーズを直接拾い上げて連絡してくれたので、その後もしばらく物資を運んだり、時には力仕事要員として友人を集めて行ったりしました。ある地域では持っていたガイガーカウンターが激しく反応をしていました。

 私は原発というものに賛成する気にはなれません。理由は単純に、何かあったときのリスクが大き過ぎるのではないか、ということです。

 人間がやることなんてそんなに信用できるのかと思うのです。人間なんてトチッたり、手を抜いて楽をしたり、あるいは悪意を持って何かを破壊しようとしたり、そんなところのある生き物だと思っているからです。だから何かあったときに巻き込む人数が計り知れないようなことはやめておいたほうが良いのではないかと思うのです。

 「俺はそんなダメなところのある人間じゃない」と思う人もいるかもしれません。でも多くの人々が長きにわたって関わるうちに、1人でも台無しにする人間がいたときに損害が計り知れないわけです。ですから、そんな危なっかしいことはやめとけばいいのにと思ってしまいます。

 そういう事態を避けられるように組織がある、といわれても、所詮人間というものが集まった組織自体を私はそこまで信用できません。

 こんな言い方をすると、私が悲観論者みたいに聞こえるかもしれませんが、どちらかというと最終的には楽観論者だと思います。私は自分のことを本当にクズで間抜けで怠慢で卑怯(ひきょう)な人間だと日々感じています。でも、時々いいヤツだったりもします。大ざっぱにいうと、みんな大体そんなもんじゃないでしょうか。

 避難所に食べ物などを持っていったわれわれに「ありがとう、ありがとう」とパンをくれようとしたおばあちゃん。喫茶店が1軒だけ開いていて、ご自身の家族がまだ行方不明なのに「少しでも誰かの役に立つかと思って」と言っていたマスター。そんな人たちに出会ったとき、『人間』というものの持つ本当の輝きを見た気がしたのです。

 …コロナ禍に向き合う今、なんとなくそんなことを思い出しました。

 ■織田哲郎(おだ・てつろう) シンガーソングライター、作曲家、プロデューサー。1958年3月11日生まれ。東京都出身。79年のデビュー当初からCMやアーティストの音楽制作に携わる。現在「オダテツ3分トーキング」をYouTubeで配信中(毎週土曜日更新)。

 8月14日(金)にモーション・ブルー・ヨコハマで『Acoustic Night』開催。同月25日(火)には東京・渋谷のリビングルームカフェ&ダイニングで『オダテツ90分トーキング vol.2』開催。詳しくは公式サイトt-oda.jp。

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