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【元文春エース記者 竜太郎が見た!】須藤甚一郎さんは反骨と独立の人 コワモテと恐れられていたが…素顔は優しかった (1/2ページ)

 ワイドショー全盛期に梨元勝、前田忠明、福岡翼各氏と共に芸能リポーターとして活躍した須藤甚一郎さんが11日に多臓器不全のため亡くなった。81歳。早大卒業後「トリンプ」に勤務。その後「女性自身」「微笑」記者を経て、1978年にテレビに転身し「アフタヌーンショー」「おはよう!ナイスデイ」「ルックルックこんにちは」に出演。99年目黒区議選に立候補(無所属)し当選、過去4回はトップ当選で、6期21年目の現職区議であった。

 筆者も須藤さんにはお世話になったが、なあなあになりがちな会見で、べらんめえ口調でズバッと一太刀浴びせる質問が印象的だった。89年の中森明菜“金屏風”会見で「結婚か婚約は?」と食い下がる須藤さん。同席した近藤真彦が「今日は須藤さんの質問は避けるという心構えで出席しました」と拒絶したのは有名な逸話だ。

 「彼は一匹狼で、どこの芸能事務所であろうが誰であろうが聞きたいことを聞く。田淵幸一とジャネット八田の交際が発覚した際、妊娠を否定した彼女に『お小水をください』と言ったのにはびっくりしました。ロス疑惑でも、自宅の2階にいる三浦和義さんに竹の棒に質問を書いたメモをつけて窓越しにそれを見せて直撃していました。ライバルでしたが、彼の質問力と突破力には舌を巻きました」(芸能リポーター・石川敏男さん)

 週刊誌時代には事件取材も手がけ、蟄居する田中角栄を表に出そうと電報を打ったことも。押しの強さからこわもてと恐れられていたが、テレビで見せない素顔は優しく、誰に対しても腰が低かった。

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