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【玉袋筋太郎 玉ちゃんの酔滸伝】毒蝮三太夫師匠、蛭子能収さん 先輩2人からの特別夏期講習 (1/2ページ)

 先日、2人の人生の先輩とお仕事をする機会がありました。1人は毒蝮三太夫師匠、もう1人は蛭子能収さんです。

 毒蝮師匠は終戦の日の1日前、8月14日にラジオに生出演して貴重なお話をしてくれました。幼い頃に戦争に巻き込まれて疎開先を転々とした毒蝮少年。本名は石井伊吉ですから伊吉少年です。

 この日、毒蝮師匠は今から70年以上の昭和24(1949)年につづっていた日記帳を持ってきてくれました。当時13歳。戦争の恐怖から解放されたあの頃の伊吉少年の日々を語ってくれたのです。

 少年時代の日記には戦後復興に向けて日本全体が頑張っている中で、いきいきと過ごす伊吉少年の日常がつづられていました。野球をしたり、父親と横浜でラーメンを食べた思い出などなど…。日本の敗戦で悲嘆に暮れた方たちも多くいたでしょう。しかし、伊吉少年の日記には明るい希望に満ちあふれた日常がつづられていたのです。

 何事があっても前を向いて育っていく伊吉少年の日記には、たとえ淡々としていても戦争のない日常の素晴らしさへのメッセージにあふれていて、毒蝮師匠の克明な当時の記憶で語り「大切なこと」を発信してくれたのです。

 そしてもう1人の先輩は、漫画家でタレント(?)の蛭子能収さんです。テレビの健康番組で初期の認知症が発見されたことが報道され、本人は仕事を続けたい意思がありますが、使う側も使われる側にも病気に対する遠慮でしばらくメディアには出てきませんでした。そんな蛭子さんとトークショーをすることになったのです。