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【あの人も愛した 京ぎをん浜作】初代・森川栄の包丁の技をフィルムに残した吉村公三郎監督 (1/2ページ)

 関西財界の雄から菊池寛、川端康成ら文人に至るまで各界を代表する人物が集うサロンとなった祇園町の割烹料亭「浜作」。京都は映画の都でもあったので、日本映画全盛期の大スターや名監督たちも多く訪れた。

 京都の女を描き続けた溝口健二監督の作品でも、祇園町を舞台にした『祇園の姉妹』(1936年)はとりわけ傑作の誉れ高い。撮影では今の浜作の主人である三代目森川裕之さんの祖母が、花街の言葉を脚本家の依田義賢と溝口監督に毎晩遅くまで浜作の座敷で指導した。ところが山田五十鈴と梅村蓉子演じる芸妓の姉妹が男にだまされ翻弄される様があまりにリアルだったので、森川さんの祖母は「先生、あそこまでほんまのこと書いたら、あきまへんがな」と怒って、しばらく溝口監督らを出入り禁止にしたとの逸話も残る。

 洛中で幼少期を過ごし、京を描いた作品も多い、映画監督の吉村公三郎の著書『京の路地裏』(岩波現代文庫)には、浜作での溝口のエピソードが出てくる。ある冬の日、みぞれの降る底冷えする晩に、吉村は大先輩の溝口に連れられて初めて浜作を訪れた。かの巨匠は同席していた、ひそかに思いを寄せる田中絹代への照れ隠しからか、国際政治問題の話題をしきりに語り続けたが、吉村も田中も無関心で「唯ひたすらに、淡白でコクのあるふぐの刺身と酢醤油、薬味のアサツキとの微妙な味覚の調和に感激し食べ続けていた」。

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