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【あの人も愛した 京ぎをん浜作】マーロン・ブランド、イヴ・モンタン… 日米欧の国際スターたちとの出会い (1/2ページ)

 浜作に通った大物映画人を通して、国際的スターも集うようになった。『ローマの休日』などで知られ、アカデミー監督賞を史上最多の3回受賞した巨匠ウィリアム・ワイラー監督は1955年4月の来日時に訪れた。

 マーロン・ブランドは日本を舞台にした映画『八月十五夜の茶屋』(56年)の撮影時に浜作のステーキ丼にほれ込み毎晩通い詰めた。ブランドがヒロインの芸者役の京マチ子と恋仲ではとの噂もあったが、実のところは助演の清川虹子を気に入って多くの時間をともにしたとのことだ。

 大女優である妻のおかげで映画をヒットさせているプロデューサーが、妻の七光りを嫌って日本で映画を撮ろうとし、日本の芸者にほれて主役に抜擢するが、実はその芸者は妻が変装していたという異色のコメディー『青い目の蝶々さん』(61年)の主演、イヴ・モンタンも訪れた。外国人ということで、肉ばかり出されていたモンタンのために、浜作の初代はカレイのバター焼きを作って大いに喜ばれた。名匠ジョン・ヒューストン監督も『黒船』(58年)のために主演のジョン・ウェインと訪れた。

 名店ゆえ国際スターが集うのは当然としても、浜作ならではの出会いもある。店に集った数多くの財界人の中に三菱財閥の創始者、岩崎弥太郎の孫である沢田美喜がいた。沢田は戦後進駐軍の兵士と日本人女性との間に生まれた孤児たちのための施設「エリザベス・サンダースホーム」を私財を投じて大磯で運営したことで知られる。当代森川裕之さんも子供の頃に海水浴で大磯を訪れた際、沢田と親しく交流したことを覚えている。

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