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【歌姫伝説 中森明菜の軌跡と奇跡】衣装、髪形…見せ方にもこだわり 「少女Aはポニーテール」自ら提案 (2/2ページ)

 しかし、『少女A』『セカンド・ラブ』の大ヒットで一気にテレビ出演や取材が増えた。さらに年末に近づくにつれ「賞レース」も加わり、スケジュールはハードになっていた。

 「年末だったと思いますが、『1/2の神話』のジャケット撮影でも体調が悪くなったように記憶しています。一宣伝マンの意見ですが、もっとセーブしてあげたかった」と振り返る。

 「これも明菜の性格かもしれませんが、納得して決めた仕事には愚痴は一切吐かなかったですね。周りに文句を言うのは、大抵は仕事の取り組み方に対してです。明菜のペースに合わせるのが大変だったかもしれません。何でもスタッフより前にやってしまう子でしたから。とにかく仕事にはストイックで、誰にも媚を売らない。16、17歳の子に大の大人が指示されるのですから、面白くないと思うスタッフもいたと思いますよ。ところが明菜は毅然(きぜん)としている。事務所も扱いには戸惑っていた部分があったと思います。それでも同期の新人歌手では、比較的レコード会社がコントロールできていた部分もあったんです。改めて思い返すと、明菜は自分の見せ方にはこだわっていましたね。テレビにはどんな衣装で出るかとか、髪形をどうするかとか…。例えば『少女A』ではポニーテールにするとか、とにかく本人から提案してくるのです。なのでマネジャーも楽ではなかったかもしれません」

 そんな中、1983年を迎え、『セカンド・ラブ』に続く、4枚目のシングル『1/2の神話』のプロモーションの準備が、発売日の2月23日に向けて本格的に始まったが、そこで思わぬ出来事が起こった。 (芸能ジャーナリスト・渡邉裕二)

 ■中森明菜(なかもり・あきな) 1965年7月13日生まれ、55歳。東京都出身。81年、日本テレビ系のオーディション番組『スター誕生!』で合格し、82年5月1日、シングル『スローモーション』でデビュー。『少女A』『禁区』『北ウイング』『飾りじゃないのよ涙は』『DESIRE-情熱-』などヒット曲多数。NHK紅白歌合戦には8回出場。85、86年には2年連続で日本レコード大賞を受賞している。

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