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【歌姫伝説 中森明菜の軌跡と奇跡】『1/2の神話』発売前にワーナー“お家騒動” 新レコード会社にスタッフ引き抜き、明菜の移籍交渉も (3/3ページ)

 新レコード会社には、まず制作の要が必要と感じていたのだろう。設立に向けての体制づくりは着々と進められていた。何と、デビュー前から明菜の制作、宣伝に関わってきたコアスタッフを全員、引き抜く折衝が水面下で行われていたのだ。富岡は振り返る。

 「設立に参加してほしいと直接言われました。もっとも明菜の話はまったくなかったですね。私は独立を考えていたので声がかかったのだと思っていましたが、その時、いったんは断りました。ところが『独立を考えているなら、新しいレコード会社で実績を重ねたほうがプラスになるんじゃないか』といわれ、それも一理あるかなと…」

 直接ではなかったが、田中にも声がかかった。

 「同僚を通して内々に話がありましたが、制作、宣伝、さらには営業も含め主力のスタッフ全員に声がかかっていたと聞かされ、正直ビックリした記憶があります」

 しかもスタッフと同時に明菜の移籍交渉も進んでいた。そして設立されたレコード会社が「ハミングバード」だった。しかも、設立日は第4弾シングル『1/2の神話』の発売日である83年2月23日。その日だった-。=敬称略

(芸能ジャーナリスト・渡邉裕二)

 ■中森明菜(なかもり・あきな) 1965年7月13日生まれ、55歳。東京都出身。81年、日本テレビ系のオーディション番組『スター誕生!』で合格し、82年5月1日、シングル『スローモーション』でデビュー。『少女A』『禁区』『北ウイング』『飾りじゃないのよ涙は』『DESIRE-情熱-』などヒット曲多数。NHK紅白歌合戦には8回出場。85、86年には2年連続で日本レコード大賞を受賞している。

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