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【歌姫伝説 中森明菜の軌跡と奇跡】深刻化したワーナー内の“お家騒動” 「移籍させない」母親の一言で収束 (2/2ページ)

 結局は、明菜の母親の「移籍はさせたくない」の一言で事態は収束に向かったが、「(明菜の)事務所との太いパイプを頼りにしての設立だと思いますが、タイミング的にも新しいレコード会社に移ることへのリスクも考えたと思います。もっとも明菜のお母さんが、寺林さんを信頼していたことが一番大きかったとは思いますが…。今からすると獲らぬ狸の皮算用でした。とはいえ、この話は4月ぐらいまで続きましたから、社内的にはハミングバードの態勢が整ったら、また移籍を企てるんじゃないかという疑いが根強かった。ただ、それが逆に『とられてたまるか』という団結心になっていたような気もします」(田中)

 一方、ハミングバードに移った富岡は改めていう。

 「契約を無視しての移籍は考えられなかったし、ワーナーにしても売り上げの要である明菜を簡単に手放すとは思えません。いまさらながら思うのは、明菜の移籍が幻で終わってよかったということ。でなければ、僕が持ってきた工藤夕貴のデビューも危うかったし、何より浅香唯や中村あゆみの誕生もなかったのかもしれません」

 ワーナー内のお家事情もあって、第5弾シングル『トワイライト-夕暮れ便り-』は通常のローテーションから、やや遅れた6月1日に発売された。 (敬称略、芸能ジャーナリスト・渡邉裕二)

 ■中森明菜(なかもり・あきな) 1965年7月13日生まれ、55歳。東京都出身。81年、日本テレビ系のオーディション番組『スター誕生!』で合格し、82年5月1日、シングル『スローモーション』でデビュー。『少女A』『禁区』『北ウイング』『飾りじゃないのよ涙は』『DESIRE-情熱-』などヒット曲多数。NHK紅白歌合戦には8回出場。85、86年には2年連続で日本レコード大賞を受賞している。

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