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【大鶴義丹 それってOUTだぜ!】演劇もスポーツも音楽も満席の雰囲気が「調味料」 コロナで感じた社会の脆弱さ (2/3ページ)

 オンラインでやればいいと簡単にいう方もいる。実際にそういう流れも始まっている。だが、演劇も音楽ライブもスポーツ観戦も、満席になった会場の雰囲気こそが一番大事な「調味料」である。観客がいないオンラインなんてものは、塩コショウをしていないステーキを食べるようなものなのだ。

 私がこの10カ月を通して感じたものは、この社会なんてものはひどく脆弱(ぜいじゃく)な存在であり、己を含め、トップから底辺まで、気まぐれな民衆が群集心理によって右往左往するだけ。そんな薄氷の上で暮らしているという現実だ。

 それは誰が悪いとかの話ではなく、ここしばらく平穏な時代が続いていたので忘れていたが、社会というもの自体がもともとそんなものであるということだ。

 だが中学生の歴史教科書を開けば書いてある。古今東西、社会なんてものは一晩で引っくり返り、多くの人生が霧散することなど「通常運転」だと。

 だが社会というのは、その「真実」を隠す。隠しておかないと、人々は勝手なことをしてしまう。子供たちが毎日学校に通い、親たちが汗水流して働き、きちんとローンやカードの支払いをするのは、この社会が少なくとも50年くらい先の未来までは盤石だという「担保感」があるからだ。

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