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【玉袋筋太郎 玉ちゃんの酔滸伝】花を咲かせた後輩芸人のイベントに招かれ感無量 「長く続けていればいいこともあるもんだ」 (1/2ページ)

 今月9日、マキタスポーツ、プチ鹿島、サンキュータツオの3人のユニットで放送しているTBSラジオ番組「東京ポッド許可局」が開催する「LINE CUBE SHIBUYA」(渋谷公会堂)での東京公演にゲストとして招かれました。

 この3人との付き合いは長く、出会ってから既に四半世紀近くになりますか。当時、浅草キッドが主催していたお笑いライブは事務所所属や無所属などにこだわらず、オープンな形で若手芸人の参加を募って行っていました。

 私たちが主催のライブでしたから、他の若手参加ライブのように若い女性客の黄色い歓声が飛ぶような客層と全く違います。客席は社会から弾かれたようなお笑い好きの男だらけ。心では「いつか売れて、キャーキャー言われたい!」という動機で足を突っ込んだ若手お笑い芸人にとって、その異質なお客を相手に芸をすることは本当に大変だったと思います。

 実際にそのような考えでオーデションに来る若手芸人たちは、このライブから逃げるようにして去っていきました。

 では当時、出演していた若手芸人たちはなぜ残ったのでしょうか? それは、当時、彼らは行き場を失っていて、将来に不安を抱えた若手芸人だったからなのです。まぁ私自身も当時はおろか現在でも将来に不安を感じているのですが…。

 彼らはなぜ行き場を失っていたのでしょうか? それはお笑い事務所が芸人に求める笑いと、自分が求めている笑いとの差です。まぁ、自分は何者でもないくせにそういう考えを持ちがちな「こじらせた若手芸人」だったのでしょう。

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