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【「青天を衝け」楽しむためのキーパーソン】徳川慶喜 自転車や写真が好きな趣味人として余生を過ごした最後の将軍 (1/2ページ)

 NHK大河ドラマ『青天を衝け』の主人公、渋沢栄一の飛躍のきっかけは、25歳のときに徳川慶喜に仕えたことだった。このドラマの慶喜役は草なぎ剛だ。

 天保8(1837)年、水戸藩主の徳川斉昭(竹中直人)の七男として生まれた慶喜は、一橋家の養子となる。病弱な13代将軍徳川家定の後継者争いで斉昭は彼を将軍にと期待するが、結局、将軍は徳川慶福(家茂)に。その後、朝廷の許可なく日米修好通商条約を結んだ井伊直弼と対立し、慶喜は隠居謹慎の身になる。しかし、井伊が桜田門外で討たれ、14代将軍家茂が急死すると、15代将軍となった。

 難しいのは、慶喜の気持ちが分かりにくいこと。家茂亡き後、いよいよ出番だと張り切ったのかと思ったら、将軍就任を固辞。「周囲に推されて将軍になった」形にしてほしいなどと言い出す。活動の中心もずっと京都で、就任中には江戸城に一度も登城しなかった。慶喜は戦を仕掛ける薩長の「思い通りにさせるものか」と大政奉還を決行したが、鳥羽伏見の戦が勃発。敵方が「錦の御旗」を掲げて進軍してくると、朝敵になることを恐れて、戦い続ける旧幕府軍を置き去りにして、大坂から開陽丸で江戸に戻ってしまった。

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