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【ぼくらの90年代音楽論 30年前の「音楽」の「普通」】大谷能生×三浦千明(3) 90年代の高校生には「みんなが知ってる歌」が一杯あった (2/3ページ)

大谷:年間に何曲ぐらい仕上げるのが普通?

千明:中学の頃は、部員は全部で20名ぐらいで、割と少なめで。で、自由な感じだったんで、好きな曲を選んで練習して、結局仕上がらない、みたいな(笑)。体育祭でやる曲とかはノルマとしてあって、あと、コンクールで出す曲とかは一生懸命やってました。高校の時は、一応50人ぐらい部員も揃ってて、フルバンド編成で、定期演奏会、学祭、コンクール、野球の応援とか(笑)。それで、全部で30曲くらいかなあ、レパートリーは。

大谷:結構忙しいね。

千明:そうそう。それで、ちょっと見てもらいたいものがあって。ポップスともつながってくる話なんですが、『ニュー・サウンズ・イン・ブラス』っていうシリーズがあるんですけど、ご存知ですか?(大谷にシリーズのデータを見せる)

 いわゆるポップスの曲を吹奏楽用にアレンジした譜面集で、それが録音されてCDシリーズになってるんですよ。70年代から始まってて、東京佼成(ウインド・オーケストラ)が演奏して、このあたりは岩井(直溥)先生がアレンジとか指揮してる。神様(笑)。で、こういうラインナップが吹奏楽では歴史的なスタンダードになっていく訳ですよ。高校に入ると、これまで歴代の部費で買ってきたこういう譜面とかCDとかが部室にあって、自分でやる曲をこの中から選ぶって事になるんですね。

大谷:ブラバンの基礎教養がこのシリーズだと。

千明:はい。

大谷:(ラインナップをしばらく眺め)なるほどねー、ジャズよりも、映画音楽の曲のアレンジが多い感じですかね。

千明:そうですね。年代によってちょっとづつ違っていて、ちょっと90年代まで飛んでいいですか。

(90sのレパートリーを見る:参考URL https://ja.wikipedia.org/wiki/ニュー・サウンズ・イン・ブラス

大谷:おおー…「ドリカム・メドレー」とか、「ディープ・パープル・メドレー」とかもあるんですね。「古畑任三郎のテーマ」も(笑)。でも、「キャリオカ」とか、「グレン・ミラー・メドレー」とかもあるし、ヒット曲を取り上げるって感じでもないのかな。なんか独特な選曲ですね。

千明:これと、90年代は「ミュージック・エイト」通称「エムハチ」っていう譜面集があって、「ニュー・サウンズ」の方がブラバン用に細かく手が込んだアレンジがしてあるんで、難しいけど、鳴りがいい。値段も高めなんですが(笑)。逆に、エムハチの方はシンプルなんだけど、世間のタイム感を反映していて、カラオケのMIDIの打ち込みじゃないけど、ヒット曲がその次の月には譜面になって出ている、みたいな感じなんです。私が中学に入って、先輩にこれやりますよーってもらった譜面がBOOWYの「マリオネット」だった(笑)。エムハチは、とにかくメロディー吹ければいい、みたいな。

大谷:へー(笑)。そういうヒット曲も含めて、こういった、昔の譜面が部室に残っている訳ですよね。で、それが伝統的に演奏され続けている、と。