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【ぼくらの90年代音楽論 30年前の「音楽」の「普通」】大谷能生×三浦千明(3) 90年代の高校生には「みんなが知ってる歌」が一杯あった (3/3ページ)

千明:そうです。なかなかレパートリーって、練習的にも変えられないから。あと、あの、98年の段階でこのラインナップな訳ですよ(注:J-POPのヒットに混じって、「翼をください」や「カウント・ベイシー・メドレー」などが取り上げられている)。世間とはちょっと違った、捻れみたいなものが吹奏楽にはあるんですよ。今でも、ここから20年以上たってもまだ脈々と演奏され続けているヒット・アレンジもあって、T-SQUAREの『宝島』とかがその代表。

 音も聴いて欲しいんですけどねー。ちょっと今日は持って来れてないんですが、いろいろ集めた金盤・銀盤みたいなCDもありまして、ゲストとか凄い。で、その音源をみんな参考にして演奏するんで、オリジナルを聴かないまま演奏しちゃう人も多いんです。音楽ファンだと、そこから元曲に興味を持って聴くのが普通じゃないですか?

 でも、吹奏楽やってる人はそうじゃなくて、ここで止まっちゃってる人もいる。止まっちゃうだけじゃなくて、ここから独自の進化を遂げたりもしていて、吹奏楽での演奏を聴いた人が、それを元にして次の世代にその曲を伝えて、で、それを聴いて育った世代がまた次の世代に伝えて、っていう連鎖が起きてて、もう、原型を留めていない、みたいな。元曲からの乖離が凄いことになっている曲がある(笑)。「Sing,Sing,Sing」なんて、新しい次元に突入している(笑)。

大谷:聴いてみます(笑)。ブラバンの世界も、高校野球と同じくらい広くて、独自のものがありそうですね。

千明:管楽器をやる人の多くはブラバンからだと思うんですが、その入口がこういった、世間の音楽とは時代的にもサウンド的にもちょっと離れた演奏なんですよね。その影響はいろいろとあると思います。自分がカッコイイとしている音が、吹奏楽を基準に出来ちゃうっていうね。

 もちろん、吹奏楽じゃなきゃ出来ないっていう素晴らしいアレンジもあって、「これ、元曲よりイイ!」っていうのも一杯あるんですが。イイ曲っていうのは、歌詞を離れても良いっていう再発見も吹奏楽ではかなりあったり、その逆もあったり、吹奏楽でしかやらないアレンジで自分で演奏してから、オリジナルを聴いて体験するっていうのは、そのギャップも含めてかなり、「音楽」を聴くあり方の勉強になったかなあと。「ディープ・パープル・メドレー」を演奏してから初めて本物のディープ・パープルを聴くとか、かなりの経験で(笑)。吹奏楽って、その「編成」しか共通点がなくて、そこにどんな音楽でも放り込んじゃう訳ですよね。

大谷:あと、やる人とやる場所とか。

千明:そうそう。『宝島」とか、もう80年代から延々と受け継がれている訳で、いまはもう、30年かけてそれぞれの学校の吹奏楽の伝統になってるんですよ。「これがウチの宝島!」みたいな(笑)。90年代にももうすでにそんな感じになりかかってはいたんですが、そこから20年を経て、もう定番曲は世間とは離れた独自の世界を確立させている。最近はそんな感じが強くて、で、そこまではいっていなかったんだけど、すでに独立したジャンルとしての「吹奏楽」が日本で定着しかけている、そういったいわば過渡期の時代が、90sだったのかなーと思ってます。J-POPの隆盛とは無関係に(笑)。

(終わり)

■三浦千明(みうら ちあき) らっぱ吹き。トランペットやコルネットやフリューゲルホルン吹きで、シロフォンやグロッケンの鍵盤打楽器弾き。洗足学園音楽大学卒業後、吹奏楽の指導を経て演奏者に。 World standard、蓮沼執太フィル、トクマルシューゴ、イトケン with SPEAKERS、星野概念実験室等、様々なライブやレコーディングに参加。

■大谷能生(おおたに よしお) 音楽と批評。ミュージシャンとしてジャズを中心に、さまざまなバンドやセッションで活動。著作としては『平成日本の音楽の教科書』、『ジャズと自由は手をとって(地獄に)行く』、『東京大学のアルバート・アイラー』(菊地成孔との共著)、『日本ジャズの誕生』(瀬川昌久との共著)、『身体と言葉』(山縣太一との共著)など多数。