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【歌姫伝説 中森明菜の軌跡と奇跡】「紅白」リハ中に転倒、右膝脱臼も…本番では三波春夫と元気に宣誓 (1/3ページ)

 いわゆる“花の82年組”と呼ばれるアイドルの中で、1983年の「第34回NHK紅白歌合戦」に初出場したのは早見優と中森明菜だった。

 早見は「発表前日は母と一緒にひざまずいて神様にお祈りしました。デビュー2年目で憧れの『紅白』に出場できるなんて最高!」と喜びを語っていた。が、一方の明菜は「お昼ぐらいのときにスタッフから聞きました。でも、まだ実感がわかないんですよね」と、どこかクール。一方では「去年の大みそかは1人で静かに過ごしていましたが、今年はにぎやかに過ごせそうなのでうれしいです」とも。

 「確かに、他のアイドルと比べたら、どこか異なっていましたね。とにかく“比較”や“競争”といった芸能界では当たり前だった部分をとってみても、明菜は遠い位置にいたと思います。要するに“自分は自分”ということでしょうね。私の印象ではクールというより、何事にも冷静というか。まだ17歳のときだったと思いますが、どこか不気味なくらいでした」

 ワーナー・パイオニア(現ワーナーミュージック・ジャパン)で明菜のプロモーターを担当だった田中良明(現在は「沢里裕二」名義で作家活動)はそう振り返る。

 ところが、その「紅白」で思わぬ惨事に見舞われた。東京・渋谷のNHKホールでリハーサル中にステージで転倒、何と右膝を脱臼するというアクシデントが起きたのだ。

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