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【歌姫伝説 中森明菜の軌跡と奇跡】デビュー3年目の勝負曲「北ウイング」 アーティストの直感でタイトル変更 (2/2ページ)

 「明菜さんはデビュー2年目でしたが、すでに松田聖子さんと人気は二分していましたからね。そういった意味ではアイドルの両横綱だったので、曲を依頼されたときは正直、どういった曲がいいのかプレッシャーはありました。ディレクターからは、ツッパリ少女としなやかでナイーブな部分を持たせた、その真ん中の路線で…と複雑なイメージでいわれましたから。しかし僕としては、どちらかというと哀愁感を漂わせたメロディアスな作品にしたいといったんですよ。ロックでもない、バラードでもない作品がいいだろうと」

 ちなみに、楽曲には、詞に曲をつける“詞先”と、曲に詞をつける“曲先”があるが、林は後者の“曲先”だった。

 「曲は早くできました。しかし詞が難航して…。とにかく詞の中の女性像を描くことに時間がかかったというか、なかなか納得のいく詞にならず、僕までスタジオから出してもらえなかったように記憶しています。というのも、康さんの書いてきた詞が長かったんです。長過ぎるから、もっと整理してコンパクトにしてほしいとなったわけですが、削るといっても簡単にはいきませんからね。それこそギターも入って詞の中身を調整したことを覚えていますね」

 曲の依頼を受けてから1カ月。完成したのが『北ウイング』だった。

 「当初のタイトルですが、康さんは『ミッドナイト・フライト』と考えていたんです。詞を書き上げた時点ですでにタイトルはついていました。ところが、そのタイトルを『北ウイング』に変えたいとディレクターが急に言い出したんです。もちろん言われたときは反対しましたよ。というのは、あまりに直球過ぎて、どこかスマートじゃないと思えたからです。『ミッドナイト・フライト』のほうがいいだろうと。でも後になって、タイトルは明菜さんの意向だったと聞かされて…。だとしたら、こちらも納得せざるを得ませんよね。振り返ってみると、明菜さんというか、アーティストの直感はすごいものがあると改めて実感しますね」 =敬称略 (芸能ジャーナリスト・渡邉裕二)

 ■中森明菜(なかもり・あきな) 1965年7月13日生まれ、56歳。東京都出身。81年、日本テレビ系のオーディション番組『スター誕生!』で合格し、82年5月1日、シングル『スローモーション』でデビュー。『少女A』『禁区』『北ウイング』『飾りじゃないのよ涙は』『DESIRE-情熱-』などヒット曲多数。NHK紅白歌合戦には8回出場。85、86年には2年連続で日本レコード大賞を受賞している。

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