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【玉袋筋太郎 玉ちゃんの酔滸伝】対談でキューティー鈴木さんと再会 時を経ても私は“クラッチ”をキメられたままだった…!!

 対談企画でアイドル女子プロレスラーの元祖、キューティー鈴木さんと再会しました。現在は女子プロレスを引退して、2人の男の子を育てるお母さんです。

 中学生の頃から女子プロレスの世界に憧れていたキューティーさん。全日本女子プロレスのテストを受けましたが不合格、夢の実現が不可能になり、高校に進学しました。

 それでも夢を諦めきれなかったキューティーさんに千載一遇のチャンスが訪れます。新団体、ジャパン女子プロレスの旗揚げでした。全日本女子という巨大団体しか存在していなかった当時、突如アイドル番組で当てた大人たちが、女子プロレス界をアイドル化させようと旗揚げした団体だったのです。

 キューティーさんはジャパン女子プロレスのテストを受けて合格。高校を中退し、リングの世界に飛び込んだのです。

 入門してもレスラーとしてのスキルが身につかず、プロデビューするまで大変な時期があったそうですが、持ち前の向上心とルックスを業界とファンが放っておくわけはありませんでした。

 その後、キューティーさんはプロデビューし、かわいらしいルックスでレスラーとしてだけでなく、歌手、写真集、女優として大活躍。そして30歳になったときに、「やるべきことはやった」とプロレスファンに“キューティーロス”を残し、キッパリと引退して主婦となったのです。

 私がこの世界に入ったばかりの頃、チャレンジ系の番組で「ジャパン女子プロレスに挑戦」という企画がありました。道場での撮影で、19歳だった私は、まだデビュー前だった1人の少女のかわいさに目を奪われました。それがデビュー前のキューティー鈴木さんだったのです。

 ご本人と再会すると、その番組でキューティーさんに技を極められてギブアップしたことが、昨日のことのようにフラッシュバックしました。デビュー前だったキューティーさんと芸人の駆け出しだった玉袋筋太郎が、こうして時を経て接点を持てたことの感慨。ちなみに私が極められた技はキャメルクラッチでした。

 あっという間の2時間の対談。私はまだキューティーさんのクラッチを切れず、技を極められたままだったのです。

 ■玉袋筋太郎(たまぶくろ・すじたろう) お笑い芸人。1967年6月22日生まれ。東京都新宿区出身。86年にビートたけしに弟子入り。TBSラジオ『たまむすび』(金曜)、TOKYO MX『バラいろダンディ』(金曜)にレギュラー出演中。2013年から一般社団法人全日本スナック連盟会長。著書に『スナックあるある この素晴らしき魑魅魍魎の世界』(講談社)、『スナックの歩き方』(イースト新書)など。

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