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【歌姫伝説 中森明菜の軌跡と奇跡】「ミッドナイト-」から「北ウイング」へ レコーデイング重ねて直感力を証明 (1/3ページ)

 1984年1月1日にリリースされた中森明菜の7枚目のシングル『北ウイング』の作詞・康珍化と作曲、アレンジャーの林哲司は明菜自らが指名したコンビだ。2人は当時、「杉山清貴とオメガトライブ」の作品を手掛けていたこともあり、明菜は作品のイメージについて「オメガトライブのような曲を書いてほしいと言っていたようです」と林は明かす。

 林は、明菜の前に松田聖子のアルバム『Canary』(83年)にも2作品を提供していたが、明菜については「聖子さんと人気を二分するアイドルでしたが、作品としては、どちらかというとニューミュージック系のものを求めていたような感じでした。デビュー2年目でしたが、彼女なりのカラーが出始めてきた感じはありましたね。オメガトライブのような作品をよく聴いていたようです。おそらく感覚的に合っていたのかもしれません」。

 その林が明菜で感じたのは瞬時の直感力だったという。

 『北ウイング』は当初、タイトルは『ミッドナイト・フライト』だった。それが、明菜の考えによって変更されたのだ。この変更について、その後、『ザ・ベストテン』(TBS系)に出演した際、司会の久米宏に尋ねられて語っている。

 「いろいろなタイトルが候補に上がっていて、これではよくないねって言ったんです。詞の中に『北ウイング』という言葉があって…。私、松任谷由実さんの『中央フリーウェイ』が好きだったんです」

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