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【宝田もなみ バイブスあがってる?】その場の空気や光を感じながら作品を見る経験には敵わない…惜しまれる原美術館の解体工事 (1/2ページ)

 先日、原美術館の解体工事が始まったというニュース記事を読んだ。原美術館は今年の1月に閉館した、東京品川にあった美術館だ。そもそも建物の老朽化が閉館の理由だから解体されるのは仕方がないのかもしれないけれど、ものすごく大切なものを失ってしまったような気持ちになっているのはきっと私だけではないだろう。今まで、好きな美術館を聞かれた時に、真っ先に答えていたのが原美術館だった。原美術館は1938年に建てられた原邦造の私邸をそのまま再利用して作られた美術館で、邸宅の温かみに加えて、美しい庭の自然美、建物の様式美を随所に感じられる、それはそれは素晴らしい空間だった。一度雪の降る日に展示を見に行ったことがあるのだけれど、展示室から見る、雪が積もった庭のオブジェや木々の美しさは今でも忘れることが出来ない。原美術館は品川という東京のど真ん中にありながら、東京の中で一番季節を美しく感じられる美術館だったと思う。

 美術作品は、1枚の絵や1体の彫刻など個々の作品で認識されることが多いけれど、作品が置かれる場所や状況が本当はとても重要だったりする。「絵画は透明で、彫刻は不透明だ」と言っていたのは現代美術家の李禹煥(リ・ウーファン)だったと記憶しているが、それはたぶん空間と作品との関係を説明しているのだと思う。想像するのは何でもいいけれど、例えばあの有名なゴッホのひまわりの絵で考えてみよう。今やゴッホのひまわりの絵は美術館で丁寧に飾られ続ける運命だけど、もしあれが6畳一間のアパートの一室でアイドルのポスターの横に飾ってあったらどうだろうか。もしくは和室の隅に立てかけてあったら、海辺の開けた家の窓の横に掛けられていたら、たくさんの絵が所狭しと掛けられているヨーロッパの宮殿の中にあったら。ゴッホのひまわりのようにあまりにも有名な絵だと絵のもつ力が強くて考えづらいかもしれないけど、それでも置く場所が変わるとなんとなく絵の印象が変わらないだろうか。