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【歌姫伝説 中森明菜の軌跡と奇跡】スタッフと感覚の相違が出始めて…“時代の空気を体現し始めた” (1/3ページ)

 デビュー3年目を迎えた中森明菜は『北ウイング』『サザン・ウインド』の連続ヒットで、その人気は揺るぎのないものとなっていた。一方で時代の空気感を敏感に嗅ぎ取る明菜とスタッフの間で感覚の相違が出始めてきたという。

 「デビュー以来、明菜を担当してきたディレクターだった島田(雄三)さんと意見が合わなくなってきたんです。ディレクターの考える企画が、そのまま通らなくなり始めた…というか」

 というのは、ワーナー・パイオニア(現ワーナーミュージック・ジャパン)邦楽宣伝課で明菜の担当プロモーターだった田中良明(現在は「沢里裕二」として作家活動)だ。

 「楽曲にも変化が現れてきました。『北ウイング』『サザン・ウインド』とリゾート的な作品に『十戒』、そして『飾りじゃないのよ涙は』ですからね。明らかにデビュー当時…1982年から83年にかけての、ある意味でパターン化された作品とは異なり、多様性に満ちた作品へと変貌していきました。改めて振り返ると、明菜自身が楽曲制作に関わり出したことの証しだと思います。つまり、与えられた作品を単に“演じる”のではなく、明菜自身が“時代の空気を体現し始めた”のだと僕は理解しています。とにかく作品だけではなく衣装にも、自身のセンスを反映させ始めたのが、84年でした」

 そういった流れは当然、プロモーション展開でも頭を悩ませることになった。

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