【私を感動させた1冊】金子兜太さん 小林一茶「一茶全集」“荒凡夫”の魅力にあふれ

2010.02.02


金子兜太さん【拡大】

 現代を代表する俳人・文化功労者の金子兜太さんが長い句作生活で、最も印象的な書が『一茶全集』。高度成長下の昭和40年代末、人間は危なっかしい存在ではないか、もっと赤裸々に人間を見つめたいとの思いから、第一次山頭火ブームがあり、金子さんも読んだが、「放浪の俳人種田山頭火は食う生活(働く)を放棄したのに比べ、小林一茶は旅を生活の具にしている点が異なる」と、一茶への傾斜を深め、本書を耽読したのである。

 生涯2万句(芭蕉は1000句)を作った一茶の魅力は自らいう「荒凡夫」にあると。「荒凡夫」とは庶民ながら自由気ままに生きる人。「一茶はふつうの人間であり、俗物でもあったが、生きもの感覚を失わなかった所に偉さがある」とする。

 一茶の句では、「雀の子そこのけゝ御馬が通る」や「やれ打つな蝿が手を摺り足をする」が筆者は好きなのだが、「前者はできのいい句とはいえないが、素朴で生き物へのいたわりがある。後者は慈悲心を持ての解釈はまちがいで、慈悲心そのものが表れた句」と金子さんは説く。

 金子さんのイチ押しは「梟(ふくろう)も面癖直せ春の雨」。妻からいわれて作ったとの趣向だが、「実際は妻へのいたわりの句」というのが金子さんの解釈。もう1句は「花けしのふはつくやうな前歯哉」。一茶49歳のときの作で、歯のぐらつきをけしの花にたとえたのが秀逸であると。

 一茶は50歳を境に江戸を去り、帰郷する。「なぜか」という筆者の問いに、「江戸では二流の俳人でしかなく、故郷しか安住の地がなかった」と金子さんは実情を明かす。

 90歳の金子さんはかくしゃくとして今も、毎週、選句のため、熊谷市の自宅から上京する。文人たちの寄稿による『金子兜太の世界』(角川学芸出版)も刊行されたが、金子さんの最新の句に〈雑煮食ぶ暦年齢は虚なり〉があり、今年の年賀状に添えられた。(文芸評論家・長野祐二)

 

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