【自伝「克美しげる」】3度目の結婚…不安から覚醒剤、懲役8カ月

2010.03.03

 8年という長い刑務所暮らしから娑婆に戻り、世間からは冷たい風を痛いほど浴びせられた。克美が犯した罪は決して許されるものじゃない。克美はすべてを受け入れるしかなかった。

 歌は続けたい…。この気持ちをバネに、埼玉県の大宮にある健康ランドで歌うようになり、カラオケ教室も始めた。

 しばらくして、健康ランドで働く女性を、社長から紹介され、3回目の結婚をする。

 「子供が2人いましたが、お互いが好きになり結婚しました」。この3回目の結婚で、克美の話のトーンが下がった。

 理由はすぐに分かった。1年間ほど暮らす、幸せの裏腹にあったのは、克美の人間としての弱さだった。

 その弱さが露呈した形になった。「言い訳にしか聞こえないと思うのですが、マリ子さんの命日が近くなると怖くなるんです。周りからも『殺人歌手』『よく歌えるな…』と言われ、重圧に押しつぶされそうでした」

 ちょうどそんなとき、知り合いの音楽関係者から『これを打つと何でも忘れられる』と教えられたのが覚醒剤だった。

 「見事に忘れられました。怖いことも、重圧からも、すべて逃げることができました」

 だが、それも4、5日もすれば元のもくあみ。「薬が切れると倍返しになって、その恐怖心が戻ってきました。それがすごいからまた打ってしまう…、その繰り返しでした」

 3人目の妻は、克美の様子が挙動不審でおかしいときが多く、警察に通報した。そして、またしても御用となった。

 「ありがたく思いました。通報されないであのまま覚醒剤をやっていたら…、そう思うと」で言葉を切った。

 これで3人目の妻とも終わった…。

 克美は熊谷警察署に連行され、尿検査の結果、覚せい剤取締法違反容疑で逮捕された。このとき、克美はうなだれるだけだった。

 前刑(殺人)の仮釈放の期間が切れていたので、覚せい剤取締法違反の8カ月の懲役刑の判決を受け、刑務所暮らしを余儀なくされた。ほんとに弱い克美が露呈した。

 軌道に乗っていたカラオケ教室…。始めは殺人犯が開くカラオケ教室なんて、繁盛するわけない…。そう思っていたが、数百人の生徒が集まり、外車を乗り回すほどに儲かった。

 マリ子さんの両親への賠償金1000万円も支払えた。順風満帆に見えた生活。今度は覚醒剤で、またもや生活のすべてを失った。

 出所から4年、50歳になっていた。府中刑務所に収監され、刑期を務めた…。

 ■克美しげる かつみ・しげる 1937(昭和12)年12月25日生まれ、72歳。宮崎県出身。高校卒業後、バンドボーイ。61年に『霧の中のジョニー』でデビュー。63年「エイトマン」の主題歌、64年「さすらい」が大ヒット。76年に愛人を殺害、懲役10年。89年に覚醒剤で8カ月服役。96年に4回目の結婚。その後、脳梗塞、心臓病などを患い現在は群馬・館林で暮らす。石橋春海氏が執筆「封印歌謡大全」(1300円・三才ブックス)、「蘇る封印歌謡」(1800円三才ブックス)は克美が歌う「さすらい」「おもいやり」「エイトマン」を収録したCDが付録。

 

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