歌手・平和勝次さん 全国でボランティア歌謡ショー

2010.03.30


20代で「宗右衛門町ブルース」をヒットさせた平和さん(中央)【拡大】

 ご当地ソングは数々あれど、大阪といえば、「浪花恋しぐれ」(都はるみ・岡千秋)、「大阪で生まれた女」(BORO)、「悲しい色やね」(上田正樹)が思い浮かぶ。いずれもカラオケの定番。もう1つ忘れてはならないのが、1972年にリリースされた「宗右衛門町ブルース」だ。

 一昨年、累計で200万枚を売り上げ、“ダブルミリオン”の仲間入り。この大ヒット曲を歌った「平和勝次とダークホース」のリーダー兼ボーカルが平和勝次さんである。今はボランティア歌謡ショー『全国縦断 歌の旅路』を主催し、沖縄から北海道をまたにかけて公演中だ。

 「テレビが若い人向け番組ばかりになって、ご年配の方が楽しめる歌謡番組は絶滅寸前です。年に1回でも昭和歌謡を楽しめる場を提供しようと思って始めたのが9年前でした。以来、各地のカラオケサークルの方々に協力してもろて、どこでも入場無料。交通費、音響代、会場代といった諸費用は全部自腹でやらしてもらってます」

 公演は、午後と夜の1日2回。前半がカラオケサークルの発表会、後半が平和さんのリサイタルの2部構成で、約2時間だ。

 「ありがたいことに今でも『宗右衛門町ブルース』の印税が入ってきますから、生活費はそれで十分。去年発売した、約15年ぶりの新曲『昭和あかり舟』もおかげさんでボチボチ売れてます。なので、少しでも還元できたらエエんです」

 中国、九州、沖縄の公演を終え、3月中旬、兵庫県猪名川町の自宅に戻ってきた。そして3月下旬から東海エリアを回り、4月13日の千葉市民会館公演を経て東北公演。5月は18日間かけて北海道を一周する。

 移動は愛車のワンボックスカー。自らハンドルを握り、糟糠の妻・恵美子さんをお供に、機材を積んだ1台を従えての旅ガラスだ。

 「『全国縦断 歌の旅路』はボクと家内のライフワーク。この先、何年続けられるかわからんけどね。声が出んようになるまで現役で頑張りますわ」

 ■ へいわ・かつじ 1945年2月7日、広島県竹原市生まれ。父は浪曲漫才トリオ「宮川左近ショウ」に在籍していた高島和夫。中学校卒業後、大阪の浪曲師・冨士月子に弟子入り。72年、「宗右衛門町ブルース」発売を機に「平和勝次とダークホース」結成、大ヒットを記録。解散後は伊丹市でラウンジを経営していたが、95年1月の阪神淡路大震災で半壊したため閉店。現在も歌手として活躍する。

 

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