児玉清さん秘話…浮気発覚時マスコミ1社ずつに丁寧な説明

2011.05.19


お気に入りの本を前に笑顔を見せる児玉清さん=2002年10月、東京都内のホテル【拡大】

 病気休養が発表されてわずか2カ月、胃がんのためあまりにも早く逝ってしまった俳優、児玉清さん(享年77)。インテリ芸能人というカテゴリーでは、くくれないほどの知性と優しさをもって、生き馬の目を抜く芸能界を歩んできた。

 学習院大学文学部ドイツ文学科を卒業して役者の道を歩んだ児玉さんが演技に開眼したのは、1期上で同大フランス文学科に在籍していた学習院大名誉教授の篠沢秀夫さん(77)の存在があったためだ。演劇青年だった篠沢さんによる舞台に児玉さんが主演したことがきっかけ。児玉さんは、「学者を目指したかった僕が役者になり、役者を目指していた篠沢さんが学者になった」と周囲に語っていたほどだった。

 2人の縁は今もなお続き、最近では、ALS(筋萎縮性側索硬化症)を発病した篠沢さんの車いすを児玉さんが押して、講演会などに参加する姿が見られた。

 芸能界きっての読書家。特に語学をいかして海外のミステリー本をいち早く読んでいた。「ひところベストセラー作家だった、トム・クランシーのテクノ・スリラー小説への解説が印象深い。日本と米国が戦火を交える展開で随所に日本への誤解に基づく差別的な記述があったが、それをやんわりといさめつつ、作品の魅力を熱情ある文章でつづっていた」とベテラン週刊誌編集者が振り返る。

 役者としてはスターを光らせる名脇役のポジション。80年代以降は司会者が本業と言えるほど出演作は数少なかったが、2001年放送のフジテレビ系の「HERO」での好演を機に、オファーが相次ぐようになったという。そして芸能評論家の肥留間正明氏はこんなエピソードを明かす。

 「75〜76年ごろだったかな、児玉さんの浮気が発覚して10社ほどのマスコミが押しかけた。児玉さんは奥さんの了解を得て1社ずつ記者を自宅内に招き入れ、丸一日かけて、事情を丁寧に説明した。そのせいで、浮気報道はほどなく収まった」

 当時のギラギラした芸能マスコミも「あんなにいい人なんだから」と追及の手を緩めたという。

 「あらゆる面で今の芸能人のお手本となる人。死が実に惜しい」(肥留間氏)

 

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