北公次さん“悲話”…ジャニーズ後輩が語るクスリと転落

2012.02.23


北さんとの秘話を明かす豊川誕【拡大】

 4人組アイドルグループ「フォーリーブス」のメンバーとして活躍し、22日に肝臓がんのため、63歳で亡くなった歌手の北公次さん。ジャニーズ事務所所属のアイドルとして一世を風靡したが、覚醒剤での逮捕、暴露本の出版などスキャンダルとも無縁ではなかった。同じジャニーズの後輩で自身もクスリで転落を味わった歌手の豊川誕(53)が、北さんの思い出を語った。

 「ヤンチャというか、気骨があるというか。ジャニーズの先輩の中では、異質な存在だった」

 豊川は、生前の北さんをこう振り返る。

 北さんは1968年にデビューし、7年連続で紅白歌合戦に出演するなど、70年代を代表するアイドルとして活躍した。

 一方の豊川は、75年にデビュー。78年に北さんがグループを解散して事務所を去ると、翌79年、後を追うように事務所を脱退した。その後の人生は先輩の北さん同様、波乱に富んだものだった。

 「同じようにジャニーズを辞めて覚醒剤で逮捕された。僕もそうですが、結局この2つの傷跡が後々の人生に響いた気がします」(豊川)

 当時を知る芸能関係者によると、北さんはフォーリーブスの人気が低迷し始めた75年ごろからクスリを使用。覚せい剤取締法違反で逮捕される79年まで重度の中毒に陥っていたという。

 「実は、逮捕直後に肝臓に重度の疾患が発覚して病院に担ぎ込まれたことがありました。この時抱えた病が後々まで北さんを苦しめた」(北さんの知人)

 その後、芸能界に復帰し客室乗務員の女性と結婚。だが、再ブレークには至らず、結婚生活も破綻。実家の和歌山県田辺市に戻ったり、ブティック経営をしたりして糊口をしのいだことも。

 苦境の中、88年にジャニーズ事務所の内情を暴露した自伝を出版。事務所批判の急先鋒として週刊誌などに登場した。豊川の元にも「同じ元ジャニーズ」ということで対談話が舞い込んだ。

 「当時のマスコミは、ジャニーズを批判するOBを血眼になって探していた。僕にも『200万円出すから話してくれ』というオファーがありましたが、断りました。対談で北さんは、ジャニーズへの恨み節を並べていましたが、どこかマスコミに利用されてる部分も感じましたね」(豊川)

 紆余曲折を経て2002年には、フォーリーブスを再結成。だが、人気は再燃せず、09年にメンバーの青山孝史さん=享年57=が急逝した後は表舞台に出る機会はほとんどなくなっていた。

 「ここ数年はソロ活動のかたわら、自宅近くの新小岩(東京)や大阪でヨガ教室を開いたりしていた。病状が深刻になる今年はじめまでは、昔からのファンに支えられてライブ活動も精力的にこなしていました」(前出の知人)

 関係者によると、今月4日、ファンの前で再婚した妻が北さんの病状について報告し、治療費のカンパを募った。だが、21日午前、容体が急変。死を覚悟した北さんは「ありがとうを言うのもこれで最後です」などとファンに向けたメッセージを家族に託し、同日の自身のブログで公開した。

 「印象的だったのは、ジャニーズのジャニー(喜多川)さん、メリー(同)さんへの感謝の言葉があったこと。あれほど敵視した2人に…。最後の最後で出た本音だったんでしょう。僕もジャニーズ時代のファンに支えられている。北さんも僕も色々あったけど、僕らの原点はあそこにあったんですよね」(豊川)

 光と影の強いコントラストに彩られた北さんの生きざまは、人々に鮮烈な記憶を残した。

 

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