ポール牧さん・牧伸二さんの芸人魂へし折った“借金苦”

2013.05.08


同門の牧伸二さん(写真)とポール牧さん。ともに金の問題で悩まされていたのだろうか【拡大】

 浅草芸人だったポール牧が東京・西新宿の10階マンションから飛び降り自殺したのは、2005年4月22日のことであった。ウクレレ漫談の牧伸二が多摩川丸子橋付近から投身したのは奇しくも同じ4月の29日のこと。2人はともに漫談家、牧野周一門下(ポール牧は破門)であった。

 牧伸二をめぐっては、会長を務める東京演芸協会の500万円以上の協会資金が不明で、「5月30日の総会までに用意する」と理事らに約束していたともいわれる。だが、ポール牧の場合と同じで、誰も言わないのであえてズバリと書く。

 人は借金ではめったに自殺をしないが、キツく厳しい取り立ての借金苦では自死の道を選ぶ。私はそう思う。

 牧伸二が亡くなる数日前の夕暮れ時。浅草国際通りの老舗喫茶店「ペガサス」で見かけた牧伸二は私と同じように杖をつき、歩くのも極めて困難な風体であった…。

 私の生業(なりわい)のエロスと同様に、人々は「笑い」を「下」に見る。つまり、お笑い芸人を「可愛がる」、そして「愛し」もするが、「敬いはしない」のが世の常だ。だから、お笑いで成り上がった芸人は笑われない芸能分野の歌手や俳優、司会業に機を見て転じ、小説家あるいは芸術家にあこがれの目を向けたがるものだ。

 しかし、究極の手元不如意に陥ったポール牧と牧伸二は、それぞれ生涯「指パッチン」と「やんなっちゃった節」の芸風にこだわった天晴れな2人だった。

 実のところポール牧は当時マンションのベランダを乗り越える体力はなかったし、牧伸二も橋の欄干を軽々と乗り越える体調ではなかったはずだ。真実は「借金という真っ赤な他人」から突き落とされたと同じことだ。私に言わせれば、まさに「金で相当追い込まれたな!」である。

 浅草、上野界隈の凄まじい芸能の裏面に精通したポール牧と牧伸二は、結果的に遠隔リモートコントロールにより、死に追いやられ、自ら最後の力を振り絞りマンションと橋の上から飛び降りたのだ…。

 牧伸二は人生の悲哀を笑い飛ばし、世相を風刺したりする四行詩に特別な才能を示した。生涯で2000近くの四行詩を生み出したが、最後は「あ〜、やんなっちゃった…」と自らの命を絶ったのか。昭和の演芸界では先代林家三平の「どうもすいません」と一対を成すフレーズで、楽観的でありながら悲観的フレーズであった。

 師匠から「武器を持て」と言われ、ウクレレを友とした牧伸二だが晩年、浅草六区の東洋館では、ウクレレ漫談を脱却し、ロックンローラー「シンジ・マッキー」という名でロックを歌っていた。

 また、夜には浅草の多くのスナックに出入りし、自らが作詞作曲した「浅草お祭り音頭」のキャンペーンに力を注ぎ、行商人のようにCDを手売りしていた。

 晩年のポール牧が、僧籍を抜け軽井沢に引きこもったこととは違う。牧伸二は78歳になっても積極人生であった。繰り返すが、牧伸二には橋の欄干を乗り越える体力があったはずもなく、ただあったのは芸に対する執念だ。借金苦は、マイナスの超人力を人に与えるものなのか…。 (出版プロデューサー) =敬称略

 ■高須基仁の“百花繚乱”独り言HP=「高須基仁」で検索

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