歌舞伎界の“ラブリン”というよりも、今やドラマ「半沢直樹」の国税局、金融庁主任検査官・黒崎駿一という方が周知されている感のある片岡愛之助。
独特のオネエ言葉で演じる検査官は恐ろしいほどに冷徹な迫力があり、堺雅人とはまた別の眼力でドラマを盛り上げる。愛之助が堺と目の演技で丁々発止する場面は、緊迫感を生み出し、視聴者はぐいぐいと引き込まれるのだ。
愛之助の眼力は、歌舞伎の見得(みえ)に通じる。
見得とは、そもそも歌舞伎の演技途中で、役者の感情が頂点に達したときに一時的に動作を停止し、ポーズを取ってそのシーンを強調し、印象づける、歌舞伎の様式美である。
そんな伝統を取り入れた芝居をするかと思えば、井川遥主演の義理息子との禁断の愛を描く大石静の問題作「ガラスの家」(NHK「ドラマ10」)では政治家然とした野党党首・村木陽介役も演じる。
愛之助の芸歴は長いが、彼は世襲が大半を占める生粋の歌舞伎人ではない。
歌舞伎とは無縁の、祖父が鉄工所を経営する家庭で育った。自宅近くは工場地帯で、ダンプの往来が激しかったため、外に出て遊ぶのは危険だと言われて育つ。
そのため、家にばかりいる息子を見かねた母親が、松竹芸能の子役募集オーディションを受けさせ、合格。塾がわりに養成所に通わせながら、子役としても活躍。松竹歌舞伎の仕事が続いた。
歌舞伎は1カ月間公演があり、休みがない。そのため学校を欠席することが増え、気付けば「北海道の位置さえ分からない」ような子供に育っていたという。これではいけないと子役を辞めることに決め、お世話になった二代目片岡秀太郎に母親と挨拶に出向く。
ところがそこで「もったいないから歌舞伎役者にならないか」と誘われる。両親は「めっそうもない」と断ったが、「サッカーが好きなのでサッカー部に入る」のと同じような気持ちで本人が「歌舞伎が好きなのでやりたい」と言ったため、片岡一門に入門が決まる。
9歳で十三代目片岡仁左衛門の部屋子となり、その後、秀太郎の養子となる。
まさに、人の運命の妙である。
上方歌舞伎を中心に活動していた彼が一躍注目を浴びたのは、2011年。暴行事件で重傷を負い、舞台に立てなくなった市川海老蔵の代役を務めたことから。
ただ、注目を浴びたことで、当時小学5年の隠し子がいることが発覚。歌舞伎の世界で隠し子騒動はよく聞く話ではあるが、「一般の世界にもある話だ」と言い放ったことで、その感覚のズレにバッシングも受けた。
それでも女性からの人気は絶大であり、痛快な啖呵から艶っぽい演技まで、芝居のうまさには定評もある。
生まれも育ちも大阪だけあり、素顔は、笑いをちりばめた喋りっぷりが得意な大阪人。養父・秀太郎が提唱する平成若衆歌舞伎の中心メンバーとして、歌舞伎と現代演劇を融合させた舞台活動にも精力的に取り組む。
海老蔵、染五郎、獅童ら歌舞伎界のサラブレッド・プリンスたちに負けじと上方歌舞伎界から飛び出した愛之助。タレント、熊切あさ美との交際も注目されているが、その眼力は先をどう見据えているのだろうか。
■酒井政利(さかい・まさとし) 和歌山県生まれ。立教大学卒業後、日本コロムビアを経てCBS・ソニーレコード(現、ソニー・ミュージックエンタテインメント)へ。プロデューサー生活50年で、ジャニーズ系・南沙織・郷ひろみ・山口百恵・キャンディーズ・矢沢永吉ら300人余をプロデュースし、売上累計約3500億円。「愛と死をみつめて」、「魅せられて」で2度の日本レコード大賞を受賞した。2005年度、音楽業界初の文化庁長官表彰受賞。