【今だから明かす あの映画のウラ舞台】実録編(中) 千葉vs北大路 仁義なきキャスティング クランクイン1週間前に… (1/2ページ)

★実録編(中)

2016.03.04

「仁義なき戦い 広島死闘篇」で一皮むけた千葉真一
「仁義なき戦い 広島死闘篇」で一皮むけた千葉真一【拡大】

  • <p>「仁義なき戦い 広島死闘篇」(ブルーレイ発売中、4700円+税、販売:東映、発売:東映ビデオ)</p>

 1970年代に一大ブームとなった「実録もの」。ヤクザを演じるとあって、キャスティングでもいろいろとあったようだ。東映の元宣伝部長、福永邦昭(75)がその裏側を明かす。

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 配役が二転三転するのは珍しくない。「仁義なき戦い」(1973年)の主人公、広能昌三役も当初、菅原文太ではなかった。「日活からフリーになった渡哲也の東映第1作として企画されたが、病気療養中のため、文太になったんです」

 老獪な山守親分役は金子信雄、三国連太郎、西村晃の3人が候補だったが、金子が「この役は俺がやる」と病を押して名乗り出て決まった。

 シリーズ第2作「広島死闘篇」でのこと。主人公は悲しきヒットマンの山中正治と、狂犬のごとき若頭の大友勝利。当初、脚本家の笠原和夫は山中を千葉真一のイメージで描いたので当然のキャスティング。大友は北大路欣也だったが、クランクイン1週間前、北大路が「大友を演じられない」、深作欣二監督も「プリンス(市川右太衛門の息子)の欣也には無理」と言い出したのだ。

 プロデューサーの日下部五朗と専務で企画本部長の高岩淡、福永は千葉の自宅に説得に行った。福永は千葉の性格を熟知し良き相談相手だった。

 「深夜2時まで話し合うも、山中役に入れ込む千葉はうんと言わない。諦めかけたとき、千葉が『福ちゃん、ちょっと残ってくれ』と。ひとり残った私は長時間話し込んだ。涙ぐんだり大声で笑ったりするうち、千葉は『強烈なキャラの大友のほうが欣也を食える』と逆転の発想をした」

 

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