【発掘!流行り歌 徒然草】五木ひろし「暖簾」(1989年) 苦悩の日々に“表参道のひらめき” (1/2ページ)

2016.05.17

五木ひろしは40代を迎え、新たな展開を探していた
五木ひろしは40代を迎え、新たな展開を探していた【拡大】

  • <p>五木ひろし「暖簾」(1989年)</p>

★五木ひろし「暖簾」(1989年)

 五木ひろしを担当することになったのは、年号が昭和から平成になった年のことだ。何の前触れもなく、会社から命じられた。当時、僕はJポップ担当だったが、驚く間もなく「わかりました」というしかなかった。

 五木は当時すでに押しも押されもせぬ大スターだったが、僕には気負いはなかった。年齢も30代後半になっていたし、むちゃぶりはしなくなっていた。早速ご本人との顔合わせがあった。

 五木本人も40代になったばかりで、新しいステージに挑戦したいという思惑があると直観した。

 「時代の歌は、みな流行り歌だよね。それを歌っていくことが大事なんだ」と言われた。

 僕はもともと音楽をやってきた人間ではないから、感動する歌なら何でもよかった。ジャンルの縛りなんてまったくないから、この言葉に痛く同感したのだ。

 そして「いい曲、頼むね」と笑顔で言われると素直にうれしかった。ベテラン、ましてやスターになると、細かい注文があるだろうと予想していたからだ。こうなるとやる気になるものだが、一方で責任も重くのしかかってくる。

 どんな楽曲がいいか、時間があると考えるようになる。それまでのヒット曲の流れを無視するわけにはいかない。線路上ではあるが、乗り物を変えたい。だがいきなり飛行機には乗れないのだ。

 

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